第405話・最終的には
「あらぁ、テイヒゥルちゃんを引き取ってくれるなら融通を利かせると言ったでしょう?」
「いや、どう考えてもフェーレース大赤字でしょう。しかもテイヒゥルのこれから先のエサ代まで引き受けるってどう考えても無茶でしょう」
「私は約束したことは守るのよ」
モール町長、引く気はないな。
だけど、ぼくも退けないのである。心情的な問題で。
「いややめてくださいって。テイヒゥルはちゃんと責任もって生涯面倒見ますから。それにはエサ代も当然引き受けますよ」
「あらー。嬉しいこと言ってくれるじゃないー。でもね、テイヒゥルちゃんの引き取り先が決まったらその必要経費は全部フェーレースで見る、それは町長印で
「いや、それじゃ」
「いいじゃない。ただ猫可愛がりすればいいのよ? 先のことも何も心配しなくていいのよ? あなたはただテイヒゥルちゃんを愛でるだけでいいの。それに何か問題があるの?」
「ありますあるあるおおありです」
「あらぁ、何?」
「責任を持ってないってのは、自分のじゃないってことでしょう?」
「んふ?」
「他人の虎を愛しても他人のものである限り心から愛せませんよ。ちゃんと面倒を見て責任を持って、それでこそ自分のものでしょう?」
「あらぁ」
モール町長が目を丸くした。
「フェーレースはテイヒゥルの面倒料を出すという名目で、ぼくがきちんと面倒を見ているかどうかを見張るつもりでしょうけど、そんなことをしなくてもテイヒゥルは生涯ちゃんと面倒見ますよ。フェーレースから頂いた猫も全部。それこそ町長印と署名もしますよ。きちんと最後の一瞬まで面倒見るって覚悟決めたんですから……」
「えらい!」
突然大声を出されて、文字通りぼくは椅子に座った体勢で数秒間宙に浮いた。
「そう言ってくれる人を待っていたのよ~!」
ぼくの手をギュッと握りしめるモール町長。その眼には涙が浮かんでいる。え? ぼく何か言った?
「テイヒゥルちゃんは立派だし可愛いし力もあるし主人に忠誠を尽くすけど、だからこそ物珍しさだけで引き取って途中で戻すような人には譲れなかったの。テイヒゥルちゃんも傷付くしね。秘密だったけど、何度かテイヒゥルちゃんを引き取りたいって人がいたの。大商人とか有名俳優とかね」
有名俳優?
心当たりがある気がする。
「でも、信頼できないって思ったの。エサ代出すって言ったら眼の色変えて引き取りたがったりね。で、裏を取ってみれば案の定よ。テイヒゥルちゃんを見世物にしようとしたり他の所に転売しようとしたり。ひどい時はライバルの所に送り込んでテイヒゥルちゃんの命と引き換えでライバルを……なんて思ってる人もいたのよ」
「なっ……」
ぼくは、たっぷり十秒、凍り付いた。
沸き起こったのは、怒り。
「っざけんな!」
テーブルを叩きつける。
「テイヒゥルを何だと思ってんだ! 護衛として育てられたなら主人を守るのが当然で危険も覚悟の上だろうけど、そのテイヒゥルの思いを利用して……なんて、最低の論理だよ! そんなヤツらミンチにして魚のエサにでもすればいいよ! テイヒゥルのエサにはしないよ! テイヒゥルがお腹壊すからね!」
肩で息をして、我に返ると、モール町長の足元に座っていたテイヒゥルが目を丸くしていた。
「……あー……ごめん。驚かせた」
「そうよ! こんな人をこそ待ってたのよ!」
感極まったモール町長の声が耳に飛び込んできた。
「どれだけ怒り狂っててもテイヒゥルちゃんへの思いを忘れない! それこそが私が望んだテイヒゥルちゃんの本当の飼い主!」
……はい?
「……ぼくを、試してました?」
「ごめんなさいね」
今度は本当に申し訳なさそうな顔。
「どうしても、テイヒゥルちゃんの
ちょっと息を吐いて、モール町長は続ける。
「それはテイヒゥルちゃんでも同じ。テイヒゥルちゃんを大事に思ってくれる人と、テイヒゥルちゃんを受け入れてくれる周りの人たち。クレー町長に初めて会った時、この人ならきっと、って思った。でも、大丈夫かどうか確かめたくて三日も町に滞在しちゃったわ。分かったのは、
そこで満開の笑顔。
「こっちの書類に書き換え。これで問題はないかしら?」
それは、護衛猫一頭分の値段と、四十匹の猫の値段としては半額くらいの値段が書かれた請求書だった。
これでもかなりグランディールに有利な取り引きなんだけど。
ぼくはアパルとサージュに目線を向けて、同意の頷きを得て、その書類に町長印を捺してサインを書いた。
「いろいろご迷惑をおかけしてごめんなさい。テイヒゥルちゃんのこと、よろしく頼むわね」
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