第404話・優しい猛獣

 歩くテイヒゥルは、決してぼくの邪魔にならない。


 少し後ろを、足音もなく歩く。


「別に後ろ歩かなくてもいいんだよ?」


 言ってみるけど、テイヒゥルはいいえこれが自分の仕事ですと言わんばかりに二歩ほど後ろを下がって歩いている。


 護衛猫は、護衛対象の歩きの邪魔にならないように、そして敵が来た時にすぐに飛びかかれるようにと少し後ろを歩くという。でも普通の猫ならよくある景色でも、虎が少し後ろを歩いているというのは、もんのすごっく頼りになるな。


 エキャルはぼくの頭上で「僕が先輩ですよ」と言わんばかりに胸を反らしている。


 ぼくは会議堂の自分の部屋に辿り着いた。


 ドアを開けようとしたら、ぬるんとテイヒゥルがドアとぼくの間に入り込んだ。


 くんかくんかとドアノブの匂いを嗅ぎ、ドアの下の匂いを嗅ぐ。


 振り向いて、尻尾をぐるんと回した。


「ああ、安全だってのか? 悪いね、わざわざ」


 ドアを開ける。いつも通りのぼくの部屋。


 テイヒゥルはぼくより先に踏み込んで、あちこちの匂いを嗅いで確認して、もう一度ぼくを見た。


「なるほど、侵入者とかもいないってことか。ありがとう」


 テイヒゥルの頭をなでてやると、テイヒゥルは嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らして頭をごっちんしてきた。


 エキャルがぼくの頭の上で足をしたんしたんさせる。嫉妬してんな。これ。


「はいはいエキャルは可愛い」


 頭の上に手を伸ばしてなめらかでふかふかな胸毛を触ってやると、エキャルは機嫌を直して、部屋の中の止り木に落ち着いた。


 つまり、テイヒゥル相手にマウントは取っても、追い出すとかは考えていないってわけで。


「エキャルもぼくのことを心配してくれているのかい?」


 止り木で羽根を繕おうとしていたエキャルが動きを止めて、少しばかり首を横に傾げる。


「テイヒゥルをここまで認めるってことは、ティーアの言う通り、ぼくが心配だから?」


 エキャルはバサバサと翼を動かした。そしてテイヒゥルの頭の上に飛んで行った。


 テイヒゥルの頭の上に大人しく乗っけする。


「テイヒゥルを気に入ってるってこと?」


 こくんとエキャルは頷いた。


 嘘かも知れない、とは思った。


 エキャルはぼくの一番じゃなきゃ気が済まない、鳥版アナイナなのだ。だからよくアナイナと喧嘩をする。ヴァリエとも揉める。ぼくの頭に乗っけ出来るのは自分だけというのが勲章。


 だけど、それでもエキャルがテイヒゥルの頭の上に乗っけしているのは、テイヒゥルを認めていると言うこと。


 多分、ぼくの為に。


「ありがとうな」


 ぼくは片手でエキャルを、片手でテイヒゥルを撫でた。


 そしてテイヒゥルを見る。


「テイヒゥル」


 床にぺたんと座ったテイヒゥルを見下ろす。


「ぼくについてきたいのか?」


 テイヒゥルは喉をゴロゴロ鳴らすだけ。


「ぼくの正体に気付いてる?」


 返事はないと思うけど、聞いてみた。


 ゴロゴロと鳴る喉。


 知っているのか。知っていて喉を鳴らしているのか。それとも関係ないと思っているのか。


 でも、テイヒゥルはぼくを受け入れてくれている気がした。


 ぼくがどんなことになっても、一緒に行くと言っているような気がした。


 気がした、だけかもしれないけど。


 何だか嬉しかった。


「テイヒゥル」


 テイヒゥルの喉の下を撫でながら、聞いてみる。


「ぼくはこの後色々な厄介事に巻き込まれるよ。君の力の及ばないことになって、君を傷付けるかもしれないよ。それでもいい? 構わない?」


 テイヒゥルはぼくの手にすりついた。


「いいの? 今なら逃げられるよ?」


 したん、とテイヒゥルの尻尾が降りた。


「逃げる気はないの?」


 ないよ、と言いたげに、もう一度テイヒゥルはぼくの手にすりついた。


「そっか……不幸になるよ?」


 したん、と床を叩く尻尾。


「そっか、覚悟はもうできてんだ」


 したん。


「いい子だね、テイヒゥル」


 エキャルがぼくの頭に手をこすりつけてくる。


「いい子だね、エキャル」


 エキャルの頭も撫でてやる。


「みんな、いい人たち、だね……」



     ◇     ◇     ◇



 モール町長は、結局、きっちり三日間町に留まった。


 ぼくとテイヒゥルを連れ歩いて、エキャルがいつの間にかぼくとワンセットで考えられる風になったように、ぼくとテイヒゥルをセットで考えるようにしたいらしい。


 で、湯めぐりをするわけだから、目立つ目立つ。


 子供がテイヒゥルの後をついてくるし大人がそれを追う振りをしてやっぱりテイヒゥルの後をついてくるし。


 虎って言うのは乱獲されたほど見事な毛皮を持っている。生きて、動いているその毛皮に触ってみたいと思う人は多いんだろうなあ。


 で、三日が過ぎ、ほぼ完璧にグランディールの住民はテイヒゥルとぼくとエキャルをトリオで見るようになった。


「ほぉら、大丈夫だったでしょう?」


 胸を張るモール町長に笑うしかない。


「約束通り、テイヒゥルは引き取ります」


「こちらも約束通りに」


 モール町長がやってきたコチカさんから受け取ってぼくに渡したのは、猫本体とか道具とか消耗品とかのリストと代金。


 ……グランディール側がマイナスでしょう、普通。


 なんで猫を買ってお金を渡される側に立つんですか?

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