第403話・愚痴を吐ける相手

 そう言えば。


 あのヴァイカス君がテイヒゥルに寄ってきたのは、エキャルが珍しくもこれまで関わりのなかった人間であるヴァイカス君の頭に乗ったからだった。


 あの時、エキャルがヴァイカス君を誘ったのは……。


「エキャルも心配してたんだろう。お前が、本当の本音を語れる相手なんて、事情を知ってるオレか喋れないエキャルくらいしかいないことを、エキャルは知ってるからな」


 エキャルの頭をくりくりしていた手を止める。エキャルの黒い瞳がぼくを見上げてきている。


「エキャルが……心配してた?」


「テイヒゥルなら誰かに喋ることもないし、お前のことを好いているし、何よりお前の嫌がることは絶対にしないと判断したんだろう。エキャルはお前が大好きでお前を独り占めしたいけど、それは出来ないってことを分かってる。何より他の人がいなければお前がやっていけなくなるってのを理解してるからな。本当に伝令鳥は賢い」


 エキャル……。


 エキャルはぼくの膝の上に移って丸い頭をぼくの胸にこすりつけてきた。


 まるで、一人で抱え込むなという様に。


「ゴメン……エキャル……ティーア……」


「謝るな」


 ごしごしっとティーアがぼくの頭を撫でる。


「お前の抱えているものは、お前一人で抱えるには重すぎる。事情を知れば、誰だってお前の力になってやりたいと思うだろう。そして、力になろうとして、何の力にもなれないことを思い知る。オレにお前の持つ力の何十分の一かでもあれば、何とかしてやれるのにってな。絶望だよ、それは」


「ティーア」


「オレが、こいつらが、お前にしてやれることは、話を聞く事しかない。話を聞いて、愚痴を聞いて、そうだなとしか言ってやれない。もっと違うことを言ってやれれば、もっとためになることを、力になれることを、と思うのに、結局愚痴しか聞いてやれない」


「ぼくは、そんな」


「分かってるよ。お前がここに来るのは愚痴を言いたいだけ、それ以上を求めているわけじゃないってことはな。でも、それ以上の力にはなれない。お前はオレたちを信頼してくれているのに、信頼して話してくれているのに、オレたちにはそのことを黙っているほかにその信頼に応じる力がない」


 ぼくの顔が曇ったのを察したんだろう。エキャルがぼくの胸の辺りをその頭でくりくりし始めた。


「でも、これはオレたちが勝手に考えていることだから、お前が気にする必要はない」


「でも」


「オレたちに分かっているのは、オレたちの、オレたちなりのやり方で、全力でお前を支えてやるしかないってことだ。愚痴を聞くのもその全力。オレたちにしか愚痴をこぼせないのはオレたちを信頼してくれている証拠だと思ってな。だからな、クレー。お前は愚痴だろうが文句だろうが泣き言だろうがどんどん吐き出せばいい。オレたちはそれを聞いてやれる。それと」


 ティーアは真っ直ぐにぼくの顔を見た。


「お前の癒しになるんなら、虎だろうが獅子だろうが竜だろうがグランディールは受け入れるぞ? それくらいの許容量キャパシティは余裕である。あんなに大人しい虎なら余計にな。それに猫を四十匹近く受け入れるんだ、虎が増えた所で、その存在に慣れたらみんな何も思わない」


「テイヒゥルを受け入れろってこと?」


 多分、ぼくは憮然ぶぜんとした顔をしたんだろう。ティーアは喉の奥で笑った。


「違う。テイヒゥルが増えた程度でこの町は揺るぎはしないってことだよ」


 視線をぼくから宣伝鳥の長い桃色と朱色の飾り羽に移し、色を確かめながら、シエルは笑った。


「シエルが堂々と自分の癒しの為に猫が欲しいって言うんだ、お前も自分の癒しの為に虎が欲しいと言えばいい。シエルよりよっぽど受け入れられるよ。今のところ、お前の仕事ぶりは立派だからな。町長の仮面を使わなくても」



     ◇     ◇     ◇



 鳥部屋から会議室に戻ったら、ニコニコと笑いながらアパルと会話しているモール町長と、その足元で大人しく丸くなっているテイヒゥルがいた。


「モール町長」


「あら、御機嫌よう」


 にっこり微笑むモール町長。


「アパル、ぼくもう寝るよ」


「ああ。お疲れ様」


 テイヒゥルがぼくとモール町長を困ったように交互に見て、鼻を鳴らした。


「ついてくる? テイヒゥル」


 テイヒゥルが即座に立ち上がる。耳がこっち向いてる。いいの? と伺うような顔。


「いいわよ、テイヒゥルちゃん」


 モール町長が笑顔で許可を出す。


「いってらっしゃい」


 テイヒゥルが跳ねるようなリズムでぼくの所に寄ってくる。エキャルがぼくの頭上で羽根を広げる。


 多分、「この人はぼくの物だけど、特別に貸してやるんだからな。感謝しろよ」のマウント。


 テイヒゥルはそんなことを気にしているかどうか分からないけど、とっとっとっと歩いてくる。


「はいエキャル大人しくしてね。テイヒゥルも大人しくしてるんだぞ」


 テイヒゥルの尻尾はぴーん。


 回れ右をして部屋を出るぼくの後ろをついて、テイヒゥルは足にすりつくこともなく一緒に歩きだした。

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