第114話・到着
ぼくはコツコツと指先でデスクを叩きながら時間が経つのを待っていた。
ティーアから今晩真夜中動くとの連絡は今朝一でエキャルが届けてくれた。エキャルは今回の作戦の為に、色を変えることを認めてくれた。クイネが二度と使わないと言った絵付のスキルでエキャルの羽根の上から白を重ねてくれたのだ。だから今日エアヴァクセンの町民の見たエキャルは白い珍しい鳥程度の認識だろう。
真夜中を指す針がゆっくりと夜明けに向かって動いていく。
「エキャル」
色を戻したエキャルが小首を傾げる。
「上手く、行くよな」
ぼくの手が震えてるのが分かる。
「アナイナは、上手くやってくれるよな」
エキャルは頭をぼくの手に擦り付けてきた。
「ティーアにナーヤー、アレにリュー、ヴァローレがいるんだ、大丈夫だよな」
エキャルは止まり木からぼくの頭の上に飛び移り、優しく飾り尾羽で背中の辺りを撫でてくれた。
「うん、大丈夫、そうだよな」
「
外からサージュの声が聞こえて、ぼくは反射的にエキャルを乗せたまま会議堂を飛び出た。
夜明け近い町の中。
そこにあるのは馬車。
ティーアが御者台でぐったりしている。
「ティーア?!」
「大丈夫……緊張が解けただけだ……」
右腕だけが持ち上げられて、ひらひらと大丈夫の合図をする。
リューがふらふらと降りて来るし、アレは降りてくる気力も残っていないようだ。
「何があった?!」
予想以上に疲労している面々……馬まで泡を吹いている……を見て、ぼくは聞いた。
「かーなーりーなー数の追手から時間稼ぎに逃げ回り続けて、危うく挟み撃ちを食うところだっただけよ。でもそれも作戦だし」
ナーヤーが疲労しつつも笑顔を浮かべてぼくを見た。
「ヴァ……あ、いや」
「いや……大丈夫、追手の中に追跡系スキルの持ち主はいなかったし……馬車にも人間にも今現在スキルの影響下にあるのはいない。敢えて言うならアナイナがアパルの影響下にあるだけ」
やっとぼくは
「いやしかし、相手を疲労させるスキルって言うのは厳しかった……」
「ああ、だからみんな」
馬までぐったりしてるわけだ。
「よく「移動」出来たね」
「目に見えるのを一人ずつ疲労させるスキルだったから、馬が止まった後は一人ずつ顔を出して時間稼いで、寸前でアレが「移動」した」
ヴァローレ、ぐったり。ヴァローレのお嬢さんがお父さんのぐったりを見て心配そうに手を出す。
ぼくは幌の中を見た。
ぐったりしているアレと、寝ているアナイナ、動かないお父さんとお母さん……動かない?
「ご両親は大丈夫よ町長、ヴァローレが追跡系のスキルを無理やり解いたその反動が出てるだけ」
ナーヤーににお疲れ様、とありがとう、を込めて頷く。
「じゃあ、帰って寝ましょうねえ」
父親が危険な仕事に就いて、今日帰ってくる予定だというので寝ずに待っていたフレディと子供たちがティーアを支えながら帰っていく。
ヴァローレも娘さんと一緒に家へ。
アレとリューは家まで帰るのめんどいと言い出したので会議堂の仮眠室へ。
「お前も寝ろ、町長」
サージュが渋い顔をした。
「いや、ぼくは」
「その顔色でそんなことを言われても説得力というものはない。ご両親の目が覚めたら起こすから」
「いや、でも」
大丈夫、と言おうとしたところで、視界が大きく揺らいだ。
一歩踏み出そうとして足が砕けたのを、サージュが受け止めてそのまま背負いあげる。
「大人しく寝てろ」
「わる……い……」
両親が無事にグランディールに着いたことに安心したせいか、ここ五日以上感じていなかった睡魔がまとめて襲いかかってきて、ぼくはありがたく眠らせてもらうことにした。
◇ ◇ ◇
目が覚めたのは、早朝だった。
どうも町長になってから、睡眠時間が減っている気がする。減っているというか、短い時間できっちり疲れを取る方法を身につけたというか。これは町長スキルとでもいうのか。
「ああ、早いね」
アパルが書類をまとめながらこっちを見た。
「アナイナのスキルは?」
「夜のうちに解いたよ。随分フラストレーションが溜まってたみたいだけど」
「やっぱりスキルで無理やり物を言わせないというのは負担なんだな」
「それもあるが、お兄ちゃん自慢が出来なかったのと、思う料理が出来なかったことでストレスになっていたらしい」
「料理?」
ぼくはエアヴァクセンの料理を思い出した。確かに食材が少なくて、お母さんが毎日もっと何か仕入れられればと愚痴っていた。
今のグランディールは町内で食材のほとんどを賄えるけど、エアヴァクセンは違った。ほとんど他の町から買い入れてた。畑を作る場所も、家畜を養える場所もほとんどなかったから。
……とか考えると、町の中に畑も水も家畜も、ついでに水路に繋がる池で魚まで養えるこの町はかなり……いや相当……いや完璧恵まれてるっていうか、恵まれているように造ったんだよな。ぼくが。
「ご両親は町長宅だ。アナイナも一緒だ。多分そろそろ目を覚ますだろうから、親子水入らずで食事でもしてくればいい」
アパルの言葉に、ぼくは町長の仕事を置いといて家に向かった。
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