第115話・家族の食事
会議堂のすぐそば、町の中では一級品の場所に建っているのが、ぼくとアナイナの家だ。
家が増えたり面積が広がったりしたけれど、ぼくの住む家は常に会議堂の近くにある。それでもなかなか帰れないのは、寝る時間を惜しんで仕事をしているからだけど。
目の前の、目立たないけれど上品そうな家のドアの前に立つと、中からいい匂いがする。
ノックを三回。
「誰?」
「ぼく」
「お兄ちゃん!」
バッとドアが開く。
五日近く作戦の中心として頑張っていた緊張とか疲れとかを一切見せない、嬉しそうな顔。
「アパルが明日はお兄ちゃん帰すからって言ったからお兄ちゃんの分も料理作ってたんだ。食べれるんでしょ?」
「うん。久しぶりにゆっくり料理を味わえそうだ」
「やっぱりお兄ちゃん、わたしがいないと寂しかった?」
「寂しいというより……心配だった。ミアストに酷いことされてないかとか、作戦がちゃんと進行しているかとか」
「うん、わたしのこと心配してくれたんだよね。なら嬉しい」
食卓に二脚あった椅子が四脚に増えている。
住人が増えなくても、宿泊する人が増えると家具などが増える謎のグランディール住宅。
「お父さんとお母さんを起こしてくるね」
アナイナは嬉しそうにキッチンを出て行く。
四人分の朝食の準備が整ったテーブルで、座って待つと、足音が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、連れてきたよー!」
満面の笑顔でドアを開けたアナイナの後ろから、お父さんとお母さんが入って来た。
エアヴァクセンにいた頃と同じ、清潔とは言えない服と、湯処にあまり通っていない体。エアヴァクセンはそんな広くないので湯処は限られていて、更に使える町民はもっと限られてくる。高上限レベルの持ち主でも、現在のレベルがそれほど高くなければ湯処を自由に使う許可もない。
「クレー!」
「クレー、無事だったのね?」
「運が良かった」
ぼくは立ち上がって、両親のハグを受けた。
「エアヴァクセンから追放して出会えた人たちに助けられて、ここまで来れたんだ」
「それで、すまないが……」
お父さんが申し訳なさそうに言う。
「この町は一体何という町なんだい? 昨日ここに来てすぐ眠ってしまったから、一体どんな町で何があるのかもわからないんだ」
アナイナに視線を送ると、悪戯っぽく笑っていた。多分言ってないな。ぼくの口から言ったほうが驚きが大きいと思ったんだろう。昔から人をびっくりさせるのが好きな妹だったから。
「とりあえず、朝ご飯を食べてからにしない? せっかくアナイナが作ってくれた食事が冷めちゃう」
「あ、そ、そうだな」
「アナイナはいない間に随分と腕を伸ばしたのね。お母さんを抜いてるんじゃないかしら」
アナイナは嬉しそうに笑うとスープを取り分ける。
「じゃあ精霊に祈って……いただきます」
「いただきます」
エアヴァクセンにいた頃のように、お父さんの合図で祈りの印を切り、パンに手を付ける。
「柔らかっ」
両親がハモった。
「アルトスに頼んで朝一で持ってきたんだ。お祝いだって言って一番出来のいいのくれた」
「アルトス張り込んだなあ」
パンをもぐもぐしながらぼくも呟く。
「小麦がいいって喜んでたよ」
「そっか」
普通に会話しているぼくたちを見て、呆然としている両親。
「? どうしたの?」
「あ……いや……その……何と言うか、馴染んでいるというか……」
「放浪者と未成年を受け入れて、こんな柔らかいパンを支給するなんて、豊かな町なのね……いえ、パンだけじゃない」
お母さん、スープをすすって呟く。
「スキルもないのに朝一番から火を使って暖かいスープ……それもお肉が入ってる。香辛料も豊富。まさかここ、SSSランクじゃ……」
「ううん、C」
ぼくはレタスをフォークで突き刺しながら答える。
「Cランク?!」
「ていうかエアヴァクセンがSSランク以下の価値になっている可能性も高いね」
パンをスープに浸して食べていたアナイナが言った。
「戻ったら、何かエアヴァクセン、しょぼく見えた。景気も良くないし活気もないし。なんていうかなあ、生気がないって言うのかなあ……」
「ざま見ろだ」
ぼくがぼそりと呟く。
「クレー、ミアスト町長にざま見ろなんて言葉を使っちゃいけないよ。仮にも成人まで育ててくれた責任者を」
「成人まで育ててくれた恩はあるけど成人になった途端追い出した怨みを忘れてないよ、ぼくは」
焼いたベーコンに食らいついて、ぼくはこぼした。
「クレー、町長と言うのは大変なんだよ」
「知ってる」
「知ってるってお前……」
「そりゃ知ってるよね。お兄ちゃんも町長だもん」
ぴたり、と両親の動きが止まった。
「アナイナ」
ぼくがたしなめると、アナイナは唇を尖らせた。
「だって、お父さんがミアストの味方するから。……言っとくけどね、お父さん、お母さん。お兄ちゃんはミアストより町長の苦労知ってるんだよ」
「ちょ、町長? クレーが? この町の?」
いつ切り出すべきか悩んでいた話をあっさりと出されて、両親大混乱。
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