第472話・分けっこの出来る精霊神
「ショートケーキ、ショートケーキっ♪」
目の前に綺麗に盛り付けられたショートケーキを差し出されたフォンセはニコニコと笑っている。けど、食べようとしない。
「? 食べないの?」
「これってここにいるみんなで食べるものでしょ?」
何を当たり前のことを、という表情で応じるフォンセ。
「みんなに配り終わるまで待つのが、ええと、筋? ってものでしょ?」
……しゅん、とした顔をするアナイナ。
そうだよな、お前、エアヴァクセンにいた頃も自分一番主義だったからな。何でも自分が一番にもらえないと拗ねてたしな。ぼくが一番の時とぼくに叱られた時だけか、我慢するのは。グランディールの民は未だにアナイナを明るいのに仕える聖女だと思ってるんで、やはり一番に何でも回されるから、この悪い癖は抜けてない。三女傑に事ある度に叱ってもらったりしているんだけど、猫の湯での一件でも分かるように、心から反省するってことがあんまりない。
ここでフォンセを見習ってくれればなあ!
「待て」と「分けっこ」が出来る分、アナイナより上に見える。
「町長、全員分に分けていいか?」
「頼む」
シエルはそれぞれの皿に、全部違う飾りつけでショートケーキを映えさせる。
「もう一個は?」
「締めにする」
「はいよー」
五つの色どりも何もかもが違う共通点はベリーなタルトを見ながら、何か考えているシエル。いい飾りつけ方でも考えてるんだろ。一旦本気モードに入れば大集中する癖がある。
「白いふわふわ……なまくりいむ……」
全員に行き渡る。
「では、もう一度。この甘味を用意してくれたすべての存在に感謝して」
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
フォンセが軽く祈りの印を切る。あれ、知ってたんだ、ていうかやるんだ?
疑問形で見ているぼくに気付いたか、フォンセはショートケーキをフォークの先で切り分けてそのひとかけを口に入れる。そしてぼくの頭の中には意識が流れ込んで来た。
(この印は、本来全ての精霊に向ける印だから、別にやったってわたしは怒らないわよ?)
(そう言うことは先に言ってくださいフォンセさん)
いろんな習慣の中に息づいている明るいのの風習を、どう消すか、本来やるべき聖職者と一緒にどうやって誤魔化すか考えてたんですが。
(あっはっは、そう言うことを考えること含めてのおもてなしでしょ?)
まあそうなんだけどね! そう言うもんなんだけどね!
フォンセはそれっきし意識をぼくから外して美味しそうにケーキを楽しんでいる。まったりふわふわの甘さを口の中一杯に行き渡らせて楽しんでいる。
……幸せそうで何よりですよ。
「あ、この白いの美味しい!」
アナイナも目をキラキラさせている。
「美味しい!」
ヴァチカも甘い物好きなので嬉しそう。
……一方そんな味がしていない顔で食べてるのがスヴァーラ、ラガッツォ、マーリチク。スヴァーラはフォンセって言う存在をその魂で感じているので心を完全に許せない、ラガッツォとマーリチクは自分の信仰する精霊神の対の機嫌を損ねたら自分も町も大陸もアウト……という責任感と重圧に負けているな。
ぼくは……とりあえず今は何も考えないことにした。アナイナとシエルが混ざってくることで、もう大混乱に陥るのは目に見えた。諦めて、今この時はケーキだけを楽しもう。だって、もう後の展開なんて読めないんだもん。魂は精霊神から分かたれたものだけど人間として生まれ育ったぼくには正確な未来なんて読めやしない。何とか無事に終わるのを祈るだけ……誰に祈るんだろう? 創造神か?
ケーキの味があんまりしない……。貴重な甘味なのに、勿体ないなあ……。
「次タルト! タルト!」
「もうちょっと大きい皿あるか? 五個ずつ分けちまった方が楽だろ」
「あ、ああ、待ってくれ」
ラガッツォがわたわたと出て行って大湯処の厨房から大きめの皿を持ってくる。
「よーし任せろ。町長タルト切っちゃって」
「はいはい」
今度は波刃と言われる凹凸のついたナイフを取る。これらのケーキナイフはスラートキーから買いました。
ショートケーキと違って固めなので、スパッとはいけません。それでも温めておくと切りやすいのはショートケーキと一緒。
全部を八等分すると、すかさずシエルが見事なまでにプレートに飾り付けてそれぞれの前に並べる。
「本当にすごいわねえ」
「うん。オレはすごいぞ」
こう言うところで謙遜を一切しないのがシエル。
「でもオレがすごいのは精霊のお陰じゃないぞ」
「へえ?」
「俺のスキルは「空画」であって「デザイン」じゃないからな。オレは自分でここまで上り詰めたんだ」
「すごいすごい」
フォンセは手をぱちぱち叩く。
お願いだからシエル、それ以上口を滑らせてくれるな。
「聖職者の前だから大声じゃ言えないが」
十分大声ですシエル。
「オレは神を信じてないわけじゃないが、精霊に頼りっきりってのはどうかと思うね」
「それは確かにね。この大陸の人間、精霊に頼り過ぎだもの」
フォンセもにっこり笑って同意する。
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