第211話・祈りの民の地

「祈りの民は、いささ頑固がんこなところがある者が多い」


 大神官は目を閉じて静かに告げる。


「町のランクは低くとも、祈りの町に生まれたという誇りがあり、その環境が厳しければ厳しい程神の信頼を得た者だという自負がある。それが故に、見下す、と言う悪癖を持つ者が多い」


「避難民の皆さんは辛抱強く、グランディールの町民とも仲良くやって、控え目な方々でしたが」


「過去にそういうことがあったというだけで、今の祈りの民を否定するものではない」


 だが、と大神官は眉間のしわを抑える。


「かつてそう言うことがあり、それで問題が起きて町と神殿が揺らいだというのは事実だ」


「一体、何が」


「神殿が預ける町は当然信仰心篤き町の民。ところが、互いにこちらが上だと信仰心を比べ合い始め、町が二つに割れたことがある。その後祈りの民が去り、残った民も神殿から離れた」


 うわ。


 その話が残ってて、神殿が強く出られるはずの町が、避難民の受け入れを拒むことになったのか。


 でも、うちの町、そんな信仰心篤い人間なんていなかったから、揉めることはない……いや、それは甘い考えだ。こんなに信仰心のない人間と一緒にやっていけないという意見が出る可能性もある。


 そう言えばうちの町に神殿はないなあ。生きていくのに必死で精霊神に祈るなんて食事の時くらいしかなかったなあ。


 避難民、祈る神殿がなくて自分たちの聖地である西の方に向かって祈ってた。


 よし、避難民が来ることに決まったら、まず神殿を作ろう。避難民の意見を聞いて、シエルにデザインしてもらって、今度こそぼくが意識してスキルを使う。


 「スキルの使い方上下巻」で学んだことを試してみるいい機会だ。


 新しい神殿のことを考えていると、アパルが戻ってきた。


「お待たせしました、町長」


「どうだ?」


「全員が、グランディールに留まると」


「そうか」


 ぼくは鷹揚おうように頷く。


 神殿がないことを除けば、家族や友人知人と離れずに仲良く暮らしていけるはずの町だし、何かあっても町を出ることも許可されてるんだし。


「では、大神官様」


「うむ。グランディールに精霊神の恵みがあるように」


 これで、西の民の運命は定まった。


     ◇     ◇     ◇


 プレーテ大神官と書類のやり取りをしてグランディールに戻ると、西の民たちが笑顔と、ちょっと何かを考えているような顔をして待っていた。


「皆さんをグランディールに移住させる手続きを行ってきました」


「ありがとうございます!」


「これで、我々はグランディールの民なんですね」


「ええ。しかし、その前に」


 ぼくの言葉に、一瞬西の民が不安そうな顔になる。


「神殿を作らなければ」


「クレー町長、まさかそこまで考えて」


「いや、高ランクの町には神殿があるものだし、作らなければと思ってた。と言うわけで、シエル、いるよね」


「そりゃあもちろん」


 西の民がグランディールに加わるということで、グランディール町民も続々と集まってきて、その中に当たり前のようにシエルがいる。


「神殿のデザインを作ってほしい」


「その後祈ればいいんだよな?」


「ううん」


 ぼくは首を横に振る。


「アイディアを実体化させるのは、ぼくがやる」


「? 今までだってそうだったろ?」


「いや、今度はぼくが意識してスキルを発動する」


「???」


 何がどう違うのか、と言うシエルの目。


「勝手にスキル発動で出来たラッキー、じゃなくて、自分がこうしてこういうものを作りたいと自分の意思で発動するんだ。でないとぼくは一生スキルに振り回される」


「とにかく、みんなで祈ってシエルがまとめるんじゃなくて、シエルがまとめたのをクレーが作るってことをしようってことだ」


「ふーん」


 アパルのフォローにシエルはしばらく頭をひねっていたけれど、まあいいか、と思ったらしく、西の民の所に行く。


「さあ、どんな神殿を作りたい?」


「え? 我々の希望でいいのか?」


「そりゃあ一番祈るのはあんたらだろ」


「え? じゃあ、西の方に作りたい」


「この町ぐるぐる回りながら飛んでるわけじゃないだろ」


 ワイワイと出る意見をシエルはメモに取り、「じゃあこの建物は」「中の絨毯はやっぱり紫?」とか盛り上がっている。


「その前に、もう一つスキルで作らないと」


 サージュがチラッとこっちを見る。


「いい本だったろ?」


「いい本だった」


 西の民の方に意識を向け、目を閉じる。


 自分の体の内にある、見えない力、スキル。それが発動しようとしている。


 それを意識する、と言うのが、本の教えだった。


 だから、ぼくがスキルに問いかける。


 西の民の欲しい家は? と。


 必要な土地の広さは? 畑は? 水路天井は?


 それまで心の中でもやもやとしていたスキルが、この問いに答えを弾き出してくる。


 西の民全員が欲しい家。広げなければならない土地。畑。水路。


 言葉にするのは難しいけど、ぼくにははっきりと分かる情報。


 それでいいか、とスキルが問いかけてくる。


 もっと広くなくていいか、必要なものはないか、これだけでいいのか、と。

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