第210話・祈りの町の民、その行く先

 へ、と畏れ多くも大神官の前で目を点にした祈りの町の民たちに、プレーテ大神官は言葉を続ける。


「神殿に任せれば、遠く大神殿の聖地を守り、古く長き絆を持つ祈りの町の民はあちこちへと散ってしまう。隣人が遠くなり、親友と涙の別れとなる」


 民が微かに俯く。


 祈りの町は離れているけど、同じ聖地を守る仲間として、互いを家族同然と思っている。ポリーティアーを中心として、死出の巡礼の旅に出る旅人を見送ってきたという誇りがある。たとえ神殿から見捨てられたとしても、その誇りは消えない。だから、神殿の都合とは言え引き離されるのは辛いだろう。


「あるいは、グランディールの御厚意に甘えてそこに住むか」


 え、と今度は顔をあげる皆さん。


「それでも構わぬのですな? クレー町長」


「はい。グランディールは祈りの町の民を全て受け入れる準備があります」


 一斉にこちらを見る目、目、目。


「で、でも、私たちに食べさせるのに大変な苦労を」


「それは皆さんが避難民だったからです」


 噛み砕くように、ぼくは言う。


「町民であれば、畑を耕す、家畜を扱う、……つまり生産活動に携われることになります。グランディールは町民と認めた者の分の衣食住はまかなえるのです。収穫物が取れるまでは各町が寄付してくださった食糧で間に合います」


「私たちの、家や、畑や、家畜を、用意してくださると?」


「はい」


 ぼくは笑顔でリジェネさんに微笑んだ。


「リジェネさんもグランディールがそう言うのを期待して伝令鳥を飛ばしたのでしょう?」


「そ、そうですが」


 リジェネさんは一旦言葉を詰まらせ。


「……しかし、私にはそのことを言う価値はないのです」


 絞り出すようにそう言った。


「……他の町を見捨てようとしたから、ですか?」


 リジェネさんは何も言わない。


「いくら身内である祈りの町でも、あなたが責任を持たなければならないのはポリーティアー。ポリーティアーの民を第一にしなければならない」


「でも、他の町は耐えきろうとしていたのです。助けも求めず、ただひたすらに……」


「滅ぶ日を、待っていたと?」


 リジェネさん俯きがち。


 町長が逃げて町の全責任を押し付けられた彼女。どれほどの負担があっただろう。どれだけの重荷を背負わされただろう。


 彼女が守るのはポリーティアーの住民。それ以外に責任を感じる必要はない。


 でも、祈りの町の仲間意識を知っているリジェネさんは、他の町を裏切って自分たちだけ助かろうとした罪悪感があるんだろう。


 彼女の重荷を解くのはぼくたちじゃない。


「リジェネ、それは違う」


 リジェネさんより少し年かさらしい男の人が声をあげる。


「自分の町の民が優先。それでいい」


「それに、ポリーティアーを守るために伝令鳥を飛ばしてくれたから、我々は助かる道を選び取れたんだ」


「そう。リジェネは悪くない。むしろ我々の恩人だ」


「…………」


「もしこのことを反省して責任を果たしたいというのなら」


 プレーテ大神官がゆっくりと口を開いた。


「これから先、グランディールの中で、祈りの町の民がグランディールと交われるよう手を尽くしなさい。ポリーティアーを、そして祈りの町の民を救った貴女はその責任を負わなければならない」


 リジェネさんは自分の膝を掴む。ズボンの膝の部分にしわが寄る。


「もし、それが嫌なら」


 酷かもしれないけど、ぼくも口を挟んだ。


「あなた一人で神殿の世話になればいい。ですが、あなた自身がそれを許せないでしょう。民の前から逃げ出し、安寧な生活に沈んでいくことなど」


「…………」


 小さく、空気が震えるような音が。


 はい、と言葉を紡いだ。


「ですが、町民の中にはグランディールに住みたくない、と言う人もいるでしょう。そんな人たちには神殿は手を貸してくださいますね?」


「無論」


 プレーテ大神官のお墨付きが出た。


「では、町民たちに聞いてきてくださいますか」


「は、はい!」


 アパルが立ち上がり、祈りの町の指導者たちを連れて出て行く。リジェネさんが一番後ろについていく。


 残っているのはぼくとサージュとプレーテ大神官。


「これでよろしいか?」


「十分です。ありがとうございます大神官様」


 仮面をつけたぼくが深々と頭を下げる。


「……いや、ヴァラカイから連絡が来た時には、心底安堵した。民を受け入れてくれると言ったグランディールには感謝しかない」


 サージュが微かに目を細める。


「神殿内で何がありましたか」


 サージュのその表情を捉えたぼくが、その疑問を告げる。


「ふむ、なかなかにさとい」


 大神官は呟き、あごに手をやる。


「祈りの町の民を受け入れる先が少なかったのだ」


 ……色々疑問がわいてきた。


 祈りの町の民は信仰心篤く辛抱強い民。町民としては持って来いの気質なはずなのに。


 でも仮面はそれを口にするべきではないと言っているので、ぼくは黙って大神官の顔を見る。


 大神官は真っ直ぐぼくの顔を見返す。ぼくの目を見つめる。そこに何かの答えがあると言わんばかりに。


 何故、祈りの町の民が拒絶される?


 ぼくの目からその疑問を読み取ったんだろう。大神官は、軽く溜息を一つ。


 そして、重々しく口を開いた。

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