第217話・騎士はいらないんだってば

 その日が近付くにつれて、町が浮ついてきた気がする。


 ……いや、気がするじゃないな。確実に浮ついてるな。


 町のあちこちで弾んだ声、浮かれた声、声、声、声。


 祭りにはまだ早いぞ?


 と思っていたら、頭の上のエキャルまで何だかご機嫌そうだぞ。


 みんながソワソワしてるのを勘付いてるんだろうなあ。そして影響されてるなあ。


 だからエキャル、人の頭の上でタップ踏まないで! 影響受けて浮かれているのは分かったけど、何処の世界に浮かれて頭の上でタップダンス踊る伝令鳥がいるんだよ! いやここにいるけどさ!


 一人ボケ一人ツッコミしているぼくの気持ちなんかお構いなしにエキャルはしたんしたんと足踏み。


「お兄ちゃん!」


 弾むような声がして、右腕に柔らかい衝撃。かと思うと左腕にも同じような衝撃。


 ん?


「お兄ちゃん!」「わ……町長!」


 アナイナと、もう一人はヴァリエ。


 一見きりっとした美人タイプで、町に来たばかりの若い男連中には人気だけど、実際はストーカー紛いの自称騎士。ここしばらく大人しかったのになあ……。


「町長! ど、どうか、わたくしにも舞台を!」


「は?」


「町長に剣を捧げる儀式を、どうか!」


 ……まーだ諦めてなかったんだな、この人。


「言っとくけど」


 ぼくの声は途端に氷点下。


「ぼくはグランディールに騎士はいらないと思っている。それは今までもそうだし、これからもそう」


「町長」


 涙ぐむヴァリエ。この涙でコロッとだまされる男は多いだろうけど、ぼくは騙されないぞ。思うようにならないとすぐに泣き落としする妹と十五年近く一緒にいたんだから。


「君が今、グランディールにいられるのは、食堂の給仕と配達が出来るから。それ以上をぼくは何も求めていない。ましてや君の気分を盛り上げるためだけの予算なんてまるっきりない」


 しゅん、と落ち込むヴァリエ。でもここで完全に反省しないのが彼女だ。


「で、では! この町を導く騎士としての認定式を……」


「この町を導くのは町民みんな。一人だけ偉い立場になってどうするの?」


「い、いえ! わたくし以上に偉いのは町長のみです!」


「だからそんな特別な立場になる資格が自分にあるって思っている時点でおかしいの!」


 エキャルがびくっと竦んで、右腕に絡んでいるアナイナも強張こわばった。


「なんで君はそんな偉い立場に立ちたがるの!」


「きっ……騎士とは、そういうもので……! わ、わたくしは、今の仕事よりもっといい仕事を騎士として為すことが出来ます!」


「だから、騎士が必要な町なんてほとんどない。「いくさ」がない世界で、武力を誇る騎士なんてほぼ不要なの! グランディールにも、もちろん必要ない!」


「え、エアヴァクセンが武力で来た際には……!」


「その時点でエアヴァクセンが滅びる……っていうか「まちのおきて」知らないのか?」


「ヴァリエはグランディールを滅ぼす気?」


 アナイナの言葉にぐ、と息を呑むヴァリエ。


 頭の上でエキャルが翼を広げて威嚇しているのが地面に映る影でわかる。


「とにかく、騎士の話を持ち出してくるなら、ぼくも君の追放の話を持ち出さなきゃいけない」


 追放……怪力ミュースに移動中のグランディールから摘まみだしてもらうイコール突き落とすということを思い出したんだろう。途端にヴァリエの顔が青ざめる。


「ヴァリエ!」


 そこに鞭のような声が飛んできた。


「て、店長!」


 食堂からクイネが真っ赤な顔で怒鳴っている。


「町長が来たから挨拶してくるって言って、いつまで店を空ける気だ! お客さんが待ってるんだぞ!」


「で、でも、でも」


「騎士のどうこうは知ったこっちゃないが、お前は食堂の給仕なんだ! しかも一番の古株の! 後輩に教えてやらなきゃならない立場を置いて町長引き留めるなんてとんでもないだろ!」


「必要とされてるんだろ? 食堂の給仕として後輩に指導してやんなきゃならない立場なんだろ? それの何処が騎士より劣る仕事だ? 仮に騎士として雇うとしても、今の仕事も成し遂げない責任感のない騎士なんてどこの町もいらないだろう!」


 でもでもと続けるヴァリエに頭に来たのは、ぼくじゃなくてクイネだった。


「早く戻れ! お前が新人に仕事を教えないから給仕がとどこおってるんだ!」


「はい給仕の仕事全力で頑張ってよ。グランディールの一番の給仕は君なんだから」


 ヴァリエは物凄く複雑な表情のままクイネに引っ張られて食堂へ戻って行った。


「ヴァリエが一緒に来たから言いたいこと言えなかった」


 ヴァリエの銀色の髪が食堂に消えたのを確認して、アナイナはぼくを見上げてくる。


「成人式、大丈夫なの?」


「ん?」


「だから、ミアストが興味持たないような地味な式にするって言ってたじゃない」


「ミアストが町の中を覗けなければよかったからね」


 するりとアナイナの両腕からぼくの右腕を抜いて、その手を頭上のエキャルにやる。エキャルがご機嫌で頭を擦り付けてくる。


「神殿は町と半ば切り離されてる。成人式を神殿でやって、そこから町に行こうとする人間を弾けばいい。神殿から町へ行けるのは通用口を通らなきゃいけないから、そこで町民から弾かれたらより詳しく分析してもらって、悪意があるかどうかを探ってもらう」

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