第218話・神殿の役割

「ああ、ヴァローレ以外の鑑定できる人、見つかったんだ」


「正確には鑑定じゃなくて分析らしいけど、ほぼ同じようなことが出来るらしい」


「どう違うの?」


「スキルの持ち主があっさりざっくり言うことにゃ、時間がかかるかかからないかの差だそうだ」


 うん。シーがそう言ってたからね。何か別の条件とかがあるかもだけど、それはヴァローレが鑑定してどんなものか見てくれるっていう。その鑑定を成人式のリハでやってもらう。ヴァローレも成人式本番一発勝負にならなくて良かったと喜んでいたらしい。企画する側が全員初めての成人式を一発本番は厳しいよね。リハは大事。特に運営側に経験がない時は。


「お兄ちゃんは朔日はスピティの成人式に出て、グランディールは二日にやるのよね?」


「? そうだけど」


「スピティに遠慮したの?」


「いいや?」


 スピティに遠慮したからじゃない。元西の民が神殿を紹介したいと盛り上がっていて、朔日だとあちこち成人式で他の町の人が来るのが減るからずらしてと頼まれたから。


「確かに朔日にやるのが伝統だけど、伝統にこだわる必要もないと思ったし」


 ミアストが町に入ろうと押しかけてきても追い出すだけの工夫はしたし。ていうかここら辺であれだけやらかしといてスピティの近くに来るかどうかも分からないな。


「神殿ってまだ見てないけどどんななの?」


「すごいの」


「見たい!」


 ……観光地じゃないんだぞ? 確かに見たら中にも入りたくなる程立派過ぎる神殿だけど。


「成人式に一等席で見れるじゃないか」


「今みたい! 今!」


 ワガママが始まった。


 アナイナが地団駄を踏むから、頭の上のエキャルまでしたんしたんしてるし!


「隣と上でじたばたしないで! 神殿はいつでも見れるだろ!」


「お兄ちゃんと一緒に見たい!」


 エキャルまで頭の上で翼を広げて意思表示するもんだから、思っていたことを口に出した。


「……ヴァリエと変わらないじゃないか」


 そこで、アナイナの背筋がシャキンッ! と伸びた。


「あっ、あんな自分一番の人と一緒にしないで! わたしはお兄ちゃんが大事なんだから!」


「ぼくが大事ってヴァリエと変わらないだろ」


 あうあう、と言葉を探して口をパクパクさせるアナイナ。


 えーと、えーとと視線が彷徨って。


「……ごめんなさい」


 頭を下げた。


「分かればいいよ」


 頭の上のエキャルもしょんぼり。


「エキャルもね」


 うん、と頷いたけど、ヴァリエと一緒にされたのがよっぽどこたえたのか、エキャルはかなりしょんぼり。


 多分……アナイナは気付いている可能性もあるけど、ぼくは「ごめんなさい」からの「しょんぼり」に弱い。この場合の「しょんぼり」は、ぼくの言った言葉に心から反省して話が変わっても立ち直れないの「しょんぼり」だ。反省してない「しょんぼり」は効かないよ、ヴァリエ? 言っても分かんないだろうけど。


 とにかく、右と上が反省しょんぼり状態となるとこっちとしてもいたたまれなくなる。


「じゃあ、行ってみるか? 神殿」


 え、とアナイナが顔をあげる。頭の上でエキャルも動いた気配がある。


「町の神殿だから、町民はいつでも立ち入りOKだぞ?」



 町の神殿は町民の信仰の対象だから、基本的に町民はいつでも入れる。


 Aランク以上の町に一つ建つ上位神殿と呼ばれる神殿ではありえないが、Cランク辺りの神殿では、奥さんと喧嘩して追い出されたとか酒場が閉まって帰れないとかで神殿で一泊する町民もいる。


 神殿に来るのは信仰の現れ……と言うか、精霊神に近付こうとする行為。


 神殿で眠るのは己を浄化すること。


 だから犯罪を犯したってのでもない限り、神殿で寝泊まりするのはいいこと、なのだ。


 親子喧嘩で泣いて飛び出してきた子供とかも時々来る。そういう場合は神殿から親の方に一泊預かると連絡が行くので親も安心。喧嘩も神殿に行ったのは反省しているってことになるので、仲直りもしやすくなる。


 つまり人間関係をうまくまとめるのが、町の上位ではない神殿の役目。


 これ、かなり重要。


 人が増えれば増えるほど、神殿の役割は大きくなっていく。


 大きな町になればなるほど、神殿の役割は大きくなっていく。


 神殿が小さい町にないのは別に儲からないとかそういう訳でなく、神殿がある必要がないってのもあるのだ。


 精霊神への祈りだったら、ほとんど毎日、食事前の食卓で祈っている。


 精霊神は神殿に祈りを捧げろとかそういう信仰を強制はしていない。伝説によるとその時々でやるべきことは変わっていたらしいけど、「くに」が滅びて町が出来た今は、「まちのおきて」に沿って生きよと、それだけ。


 なのに神殿が必要なのは、特別な場所で祈らなければならない理由があるからだ。


 例えば結婚。例えば祭り。例えば誕生。例えば葬儀。


 小さい町だったら自宅で祈ればいい。でも大きくなると、友人知人の数も増えて、家で祈ることが難しくなる。近所の人もやってきて、家がぎっしりになってしまう。


 だから神殿が必要なのだ。


 神殿は精霊神を祀る聖域ではあるけれど、同時に人々を繋ぐ場所でもある。町であるけど町でない。特別なことをするための、特別な空間。そういう場所。


 「しんでんのおきて」とかそう言うのがあるのかな、と前は思っていたけれど、神殿に与えられた役目は、「まちのおきて」を分かりやすく教えることと、人を繋げること、その二つ。上位神殿はそれらの神殿をまとめ、精霊神の教えを伝えて人々をまとめるというのが役目。

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