第317話・帰還

 東の空が明るくなってきた頃、エキャルが飛んだ。


(エキャル?)


(彼の後を追いますか?)


(頼める?)


(無論)


 ペテスタイは人間の目で見えないようにガードしてある。ペテスタイ復活の情報で押し寄せられないようにの対策だ。


 で、グランディールが停泊しているはずのスピティ近く。の、森の辺り。グランディールから少し離れた、今は使われていない街道の辺りに着陸した。


 確かにエキャルはこの辺りに降りたはず。


 ぼくは一旦ペテスタイから降りる。


 と、森の中からエキャルを頭に乗せた人影が姿を現した。


(ティーア?!)


 肩に乗るには少々大きいエキャルを頭に乗っけ出来る人間は、本当にごくごく一部。


 しかも、ぼくがいないのに頭に乗っけさせられるのは、たった一人。ティーアだけ。


(ティーア!)


 バッと目の前に出てきた仔犬に、ティーアは一瞬目を丸くした。


「エキャル?」


 ティーアが自分の頭の上のエキャルに手を伸ばす。エキャルはふわりと舞い上がってぼくの目の前に降りると、軽く頭をぶつけてきた。


 ティーアは無言でズボンのポケットに手を伸ばす。引っ張り出したのは、紙?


 広げたそれは、最初にエキャルが聖地に来た時、ぼくの印として足跡を押した、あの紙だった。


 ぼくの前足を手に取って、足跡に合わせる。


 寸分違わず合っているのを見て、ティーアはぼくの目を見た。


「……クレー……?」


「わふっ!」


 返事すると、強面のティーアの表情がくしゃっと崩れた。


「よかった……!」


 ティーアはぼくを抱き上げて、ぎゅっと抱きしめた。


「お前が変わった……というか入れ替わった時から、ずっと心配だった……。精霊神はやりたい放題だし、不信感を抱いても疑いに至る人間はほとんどいないし……お前がいない間何とかグランディールを守りたかったが、何もできなかった……!」


 ティーアが……泣いてる?


「自分の無力をこれ程思い知ったことはない……! お前が戻って来てくれてよかった、クレー……!」


 ああ、泣かないで。ゴメン。ぼくが泣かせたんだね。


 でも、ぼくは戻ってきたから。姿は変わっても、言葉は話せなくても、クレー・マークンは戻ってきたから。


 もう、精霊神には好きにさせない。


 何があっても、グランディールを好き放題させたりしない!



(クレーさん、その方は?)


 思念が聞こえてきて、ぼくは顔をあげた。


(ライテル町長)


 ぼくの動きに気付いたのか、膝をついていたティーアが顔をあげて、目を丸くした。


「……聖獣……?」


 そして、ぼくを後ろ手に回して前を睨みつける。


 ティーアの目には、中空に立つ美しい白い馬が見えているだろう。聖獣や神獣は一般的に精霊神の僕とされている。ティーアの目には、ライテル町長がぼくを追ってきたか見張っている精霊神の手下に映っているんだろう。


(大丈夫だから、ティーア!)


 だけどぼくの思念はただの人間であるティーアには届かない。


 困っていると、エキャルが飛んで行ってライテル町長の頭に乗った。


「エキャル?」


 そのままライテル町長の頭にすりついて、そのたてがみを毛繕いする。


「大丈夫……なんだな? 精霊神の手先とかじゃ……ないのか?」


 用心深くライテル町長を見るティーアに、エキャルが羽根を広げてしたんしたんする。


 そのご機嫌したんしたんに、やっとティーアが緊張を解いた。


 う~ん、意思疎通ができないってのは厳しい。


 言葉って素晴らしいのだと、この身体になって思い知っている。


 ぼくを見て、ティーアを見て、ライテル町長はぼくたちにだけ分かる笑みを浮かべた。


(そら、やはり貴方を貴方として認識してくれる町民がいた)


(ぼくの失踪に気付いてくれた唯一の町民です)


 ライテル町長は頷いた。


(とりあえず、ペテスタイに乗っていただきましょう。こんな所で感動の再会をして精霊神に気付かれたらまずい)


(……そうだね)


 ぼくはティーアの手から飛び降り、てしてしとライテル町長の立っているペテスタイの入り口を前足で叩いて飛び乗る。


 ティーアが恐る恐る足を上げて、見えない足場に足をかけると、中にいる存在には見えるけど外からは見えないペテスタイが見えたはず。


「!」


 ティーアが息を呑んで辺りを見回す。


 たくさんの聖獣や神獣、精霊虫。


「ここは……」


 ぼくはティーアの足を叩いて、そして横にある門の看板に向くようにした。


「ペ、テ、ス……ペテスタイ?!」


 胸を張るぼくに、ティーアは呆れたようにぼくを見下ろした。


「まさか消えた町に乗ってご帰還とは思わなかった。と言うことは、ペテスタイは日没荒野を越えて聖地まで辿り着いていたのか?」


 ぼくが頷くのに、ティーアは息を吐いてぼくの頭を軽く叩いた。


「全く、お前のやらかすことは犬になってもカッ飛んでるな」


 どういう意味でしょうティーアさん。


 ぐりぐり、と眉間をやられる。あう、あう、あう。


「取り敢えず、俺の持っている一番重要な情報を言う」


 ティーアは真剣な目で言った。


「偽町長が、昨日の夕方から今日の午前まで寝て過ごすと言ったらしい」


 !


 ティーア、やっぱり頭がいい。ぼくたちが一番欲しい情報をスパッと言ってくれる。


「あんたたちが来たのと、関係あるんだな?」


 ぼくがうんうんと頷く。横でライテル町長もうんうんと。気配で後ろにいるたくさんのペテスタイの皆さんも同意しているのが分かる。

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