第316話・クレーと精霊神(ティーア視点)
「近いって」
「エキャルが、姿を消した」
俺も声を潜める。
「エキャルが飛ぶのはクレーの為、他にはない。精霊神が眠る……つまり一時的に姿を消している今、エキャルが行ったのは、つまり、クレーが何か行動を起こそうとしているんだ」
ラガッツォの顔が青くなっていく。
「町長が……もうすぐ帰ってくる……?」
恐らくは、と俺は頷いた。
「そうなったら、精霊神とクレーが自分の肉体を奪い合う争いが始まるだろう。見た目がクレーの精霊神と、どんな姿になっているか分からないクレー。どちらが町民を選ぶかは考えなくても分かる」
「ティーアさん……あんたは……どっちに……?」
「俺は……クレーに着く」
言葉にしたことで、覚悟が決まった。
「精霊神御自らが救ってやると言ってきても、先に盗賊暮らしから俺たち……俺を助けてくれたのはクレーだ。だから俺はクレーの味方だ。どれだけその末路が悲惨になってもな。だけど、お前らは違う」
俺は自分より二回り以上幼い大神官に言った。
「お前らは精霊神に仕える為に選ばれた聖職者。精霊神に牙を剥いた途端力を失うかもしれない。精霊神の分霊だというクレーですらあんな目に遭ったなら、お前らもどんな目に遭わされるか分からない。いや、自分に仕えさせるために選んだ聖職者が自分を裏切ってクレーに着いたら、俺やクレーよりひどい目に遭わされるだろうな」
こくん、とラガッツォの喉仏が上下した。
「残りの二人にも伝えてやれ。近いうち……そうだな、早くて明日、遅くて数日中……に、何かが起きて、町長が自分から出て来る。町長の皮を被った精霊神に味方するか、その外部から来た「何か」に味方するか。自分の将来を考えて、しっかり選べと」
「ティーア……」
「……でも、ありがとな、ラガッツォ」
俺はやんちゃそうな顔に不安を浮かべたラガッツォに、頭を下げた。
「お前がクレーが眠るという状況を伝えてくれなければ、俺も対策が取れなかった。お前はアナイナに頼まれて何も知らずに伝えたんだから、多分罰はない。これ以上俺に何も伝えなければ大丈夫だろう。……お前は自分の安全を考えていいんだ。精霊神への信仰とか、クレーへの恩義とか考えなくていい。自分のことだけ考えてろ。お前らは……まだ若いんだから」
「ティーア……」
赤茶けた髪をくしゃくしゃにしてやって、俺は星空の下にラガッツォを送り出した。
……この会話が聞かれなかったのは、多分グランディールに精霊神がいないからだ。もし精霊神が今までのようにクレーの中にいるのなら、すぐにでも飛んできて俺を威圧してただろう。精霊神に近いラガッツォが伝えに来て何もなかったことも、その証拠だ。
多分、このグランディールで一番真実に近い所にいるのは俺だ。
その次がアナイナと聖職者三人。
アパルやサージュは仕事に夢中になるあまり、クレーの誤差を見ていない。……まあ、あいつらはクレーを働かせるのが仕事だから、真面目に仕事をしていれば問題はないんだろう。
町の方向性が精霊神の目指す方向に固まって、それで初めてクレーの思い描いていた最初の道と違うことに気付くだろう。一番クレーの傍に居たんだから気付け、とも言いたいが……。
取り返しがつかなくなる前に、クレーは帰ってくるつもりだろう。エキャルが動いたのも、それを察したからだ。
本当に、数日中に、日没荒野の果てから、どうやって帰ってくるのか。
……何か嫌な予感がしなくもないが、クレーは無茶をやるようで確実を求める人間。日没荒野を突破する方法を見つけて現実化できる可能性を見つけたのだ。
だけど、俺が動かなければ、クレーが町に入るのも難しいのではないか。
俺は立場もスキルも大きくはない。町全体としては重要なポストではあるけれど、影響力はほぼないと言っていい。鳥飼は町の大事な鳥を扱うが、町政に口を出せるわけではないのだ。
アナイナも真実を知れば動くだろうが、アナイナは聖女。精霊神の機嫌にも左右されるほど近い存在。あまり当てにしないほうがいい。
しかし、自分に何ができるか。
宣伝鳥でさえ精霊神に首をたたんでいる。
俺は、どうすればいい?
クレーの今を知っている自分が動かなければ、クレーは帰ってきてすぐに精霊神に囚われ、今度こそ二度と戻って来れない場所へ送られるだろう。
俺は……。
俺はクレーの作ったグランディールが好きだ。
みんなでああでもないこうでもないと言い合って作って作り直してもう一度やり直して、そうして作り上げた、ちょっと
精霊神の作っている町は、住みやすい。住みやすいけれど、万人に住みやすいお手本のような町だ。何処から誰が来ても迎え入れられる型に嵌め込んだものだ。
エアヴァクセン、スピティ、ファヤンス、西、様々な町の住民が増えて、その度にああでもないこうでもないと悩んで作られた町じゃない。
だから俺は精霊神の作る町を否定する。精霊神は町の住民の為に町を創っているのではないからだ。
俺は覚悟を決めて、朝焼けのグランディール、ソルダートに頼んでそっと町を出た。
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