第315話・ラガッツォ(ティーア視点)
「大神官が、なんで俺に?」
俺はラガッツォとはほぼ面識がない。俺は町の鳥飼で、相手は西の民で大神官。繋がりがある方がおかしい。
ただ、間に一人入れば繋がりが出来る。
当然……アナイナだ。
グランディール最初期メンバーで、クレーについて俺の所にも来ていた。よくクレーを廻ってエキャルとケンカを繰り広げていたものだ。
そのアナイナが、兄の異変に気付き、エキャルの不審に気付き、俺に伝えてきた。
「クレー町長が、しばらく寝るから誰も起こすなって言ったらしい」
「……誰に?」
「アパルとサージュ」
「アナイナはどうしてそれを」
「アパルから聞いたらしい」
ラガッツォの説明によれば、偽町長は
「……いや、アナイナがどうして俺に言えと?」
「多分、グランディールを守るため、だと思う」
「……だったらアパルやサージュの方が」
「いや、町長の異変に気付いていないからダメだと言った。上手く言いくるめられるからと」
「クレーが、アパルやサージュを言いくるめる?」
ラガッツォは深刻な顔で頷き、そして俺を見た。
「ティーアさん」
「なんだ」
「あんたは町長の正体を知っているのか?」
「正体……って」
「町長は……精霊神様、だと」
やんちゃ坊主を絵に描いたようなラガッツォが、真剣な顔で言う。
「……クレーと精霊神の関係は知らない。ただ、今のクレーの中身が精霊神だと言うことは理解している」
「今、の?」
「ああ。西の民との一件が終わってすぐ、クレーがエキャルをもしゃもしゃにして慌てて飛び込んできて、そのまま部屋に戻った、次の朝。その時から、クレーの中身が精霊神に入れ替わっていることは知っている」
「何故、精霊神様だと?」
「本人が認めたからな」
あの異様なまでに強く異質な気配。俺とは全く違うところにいる存在。
「最初に気付いたのがエキャルだった。だからエキャルはあいつの傍に寄らなかった。俺が頼んだ手紙を持って行って、戻ってきて、それでもグランディールに入らなかった。だからエキャルがクレーとケンカした、と周りは思っているが、俺に言わせればそんな馬鹿なことがあるかだ。クレーとエキャルがケンカなんてするわけがない。エキャルはクレーが好きで、だから精霊神であろうと懐けなかった。そう言うことだ」
「…………」
ラガッツォはしばらく視線を彷徨わせてから、俺を見た。
「クレー町長は、元から精霊神様だった……いや、精霊神様の一部だった」
「?!」
それは聞いていない。俺は座り直して、ラガッツォの顔を真剣に見る。
「どういう訳だ? 何処でそれを?」
ラガッツォは辺りを
「成人式の直後、クレー町長の元いた町の町長がアナイナを
その話は俺も聞いている。クレーが異変に気付いて駆けつけ、ミアストから間一髪でアナイナをはじめとする聖職者を助けたと。
ラガッツォの話では、その時意識のあったラガッツォ、マーリチク、ヴァチカは認識していて、気絶していたアナイナには何も伝えないようにしようとしたのだと。
「精霊神の力を使った?」
「うん。クレー町長は精霊神様の存在の一割を切り離して人間の体に宿らせた……つまり、精霊神様の分霊」
なるほど。それであそこまでクレーの肉体に執着していたのか。
自分の分霊が入っていた肉体だから、操りやすいというのだろう。
「でも、今は違う」
俺は言い切る。
「今、あの中に入っているのは、精霊神の九割……ほぼ精霊神の本体と言っていい存在だ」
「一割は……おれたちの知ってるクレー町長は?」
「……言えない」
俺は視線と声を落とした。
「聞いたら、悩まなきゃいけなくなるぞ」
「え?」
「大神官が、クレーに着くか、精霊神に着くかの選択肢で悩むことになる」
ラガッツォの顔が引きつる。
俺は溜息をついて髪を掻きまわした。クレーがエキャルをもしゃもしゃにした気持ちがこんなに理解できるとは。
「あんたは大神官だ、ラガッツォ。精霊神に仕えるのが仕事だ。でも……クレーのことも好きなんだろう?」
ラガッツォは唇を噛んで
「アナイナはまだ精霊神のことを知らないんだな?」
「うん。今のクレー町長の中にいるとも思ってない。ただ、町長がピリピリしているのと、エキャルの態度と、精霊神様に一番近いはずの自分が精霊神様への祈りに応える声がないこと、この三つは分かってる」
俺は頷いた。
「近いうちに動きがあると思う」
俺は机の上に置いてあった緋色の風切り羽根を指先で回しながら言った。
昨日、エキャルが臨時の巣にしている森の木に行ったら、エキャルは姿を消していた。
エキャルがグランディールの近くから姿を消す理由は二つ。
一つ、友達であるオルニスの所に行くこと。これはあり得ない。クレーがいない今、呑気に友達のところに遊びに行く鳥じゃない。
つまり……。
「多分、聖職者のあんたらは選択しなければならない時が来ると思う。覚悟を決めておけ。精霊神九割と精霊神一割の、普通に考えれば勝ち目のない戦いは、近いぞ」
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