第275話・一飯の恩義
「わんこ! わんこ!」
甲高い声が連呼する。……ちなみにぼくはわんこという名前ではない。当然だけど。
「フィウ、ダメ、大きな声出したら」
声の方を見ると、黒髪と黒い瞳がお揃いの、幼い男の子と女の子……恐らく女の子がお姉さんで男の子が弟だな……がこっちを見ている。
「わんこ! わんこ!」
「わんちゃんが驚いちゃうでしょ? 静かにしないと逃げちゃうよ」
「わんこ……」
男の子が指をくわえてこっちを見る。
「なんで、こんな小さなわんちゃんがこんな所に……」
「わんこに、ごはんあげたい!」
「んー、わんちゃんが食べれそうなもの、持ってたっけ」
女の子が藤を編んだカバンをごそごそと探った。
この際何でも構わない。腹に入るものならなんでもいい。下さい! お腹、減ってます!
一生懸命しっぽを振って愛想を振りまく。自分の容姿はさっき確認した。黒い目を見開いて舌を出して笑顔で尻尾を振る! どうだ! この可愛さ、無視できまい!
「あ、あった! 干し肉!」
干し肉大丈夫、さっき水も飲んだから!
我慢して座っているけど、尻尾が自然に左右に振れる。
というか、これまで当然のことながら尻尾と言うものがなかったので、尻尾をコントロールするのは難しいのです。感情がそのまま尻尾に出るんだもん。
「はい、フィウ。そーっと、そーっとよ」
「うん!」
いや、ぼく、君のこと知らないけどフィウ君? 上から来られると圧迫感強いの。あと真上見ながらものを食べるって器用なことは出来ないの。お願いだからしゃがんでくれない?
しゃがんでもらえないので、やむを得ず、二・三歩後ずさり。
で、少し伸びあがって干し肉をくわえる。
……んまい!
空腹は何よりの調味料と言うけど、間違いない! くっそう、干し肉がここまで美味しいなんて!
がふっがふっと食べていると、手がぼくの頭の上に乗った。
手がわしわし動く。やめて、干し肉が喉につっかえます。
「フィウ、ご飯食べてるときはなでなでしないほうがいいよ?」
「なでなで、ダメ?」
「うん、わんちゃんもちょっと苦しそうだし」
フィウという男の子は手を離してくれる。ああよかった、干し肉つっかえなくて済んだ。
「わんちゃん、おとうさんとおかあさんは?」
「くぅん」
当然ながら人語は出ない。
「行くところは?」
「くぅん」
「わんこ、つれてきたい」
フィウ君が指をくわえて言った。
「つれてきたいって、家に?」
「ダメ?」
弟フィウ君のおねだりの目線に、お姉ちゃん……まだ名前知らない……女の子が、悩む。
「お父さんとお母さんがなんていうかなあ……。ここまで小さいと、番犬はできないって言われるかなあ……」
番犬かあ……。確かにこの身体じゃ難しいかなあ……。
でも、行くべき場所がない今、少なくとも屋根と食のある場所に行かないとひどい目に遭いそうだし。
……ん?
なんだ、この気配。
嫌な感じ。
どこから?
川に沿うようにある背の高い草むらの中。
自然に体勢が低くなる。
「わんちゃん?」
「ううう……」
喉の奥から出る唸り声。
「わんちゃん?」
「うーっ……」
低い低い目線。地を這う眺め。
その中に、嫌な気配が見えている。
ゆっくりとこっちに近付いている。
狙いはぼく……じゃない。
この姉弟!
それはさせないぞ。一飯の恩は大きい!
「わうっ!」
叫んで、這う体勢から一気に飛び上がって。
両前脚で押さえつける。
「わんちゃん?!」
「わんこ!」
じたばたするそいつの姿を確認して、その喉笛に食らいつく。
ぶんぶんとふるえながら逃げようとするそいつの喉笛を、全力で引きちぎる。
死んだのを確認して、ゆっくりと口を離す。
うわ、血の味を更に苦くしたような味。口の周りにも胸にも前脚にもべっとりだ。
「あ!」
「わんちゃん……!」
姉弟がぼくが仕留めたものを見て、絶句した。
「草むら
精霊神と逆位置にある闇精霊。遠い昔に精霊神が滅ぼし、今はその欠片が大陸に漂う。その影響を受けて、人だけを襲うようになった蛇。毒を持っていて、噛まれるとその場所が腫れあがって、薬が遅れると死に至る危険生物。
だけど、上手く捕まえれば肉は食えるし血はこの蛇の毒に対する薬になる。だからこれを専門に狩る猟師がいる。
でも、動きが素早く人間に対してのみ凶暴なので、子供が捕まえるのは難しく、この年代の死因の一つにこの蛇に噛まれるというのがある。
「おん!」
一声鳴くと、お姉ちゃんのほうがぼくを抱き上げてぎゅっとした。
「ありがとう、ありがとうわんちゃん。あたしとフィウ、助けてくれた……!」
一飯の恩義です。気にしないでください。
「おねーちゃん! わんこ、ばんけん? できる!」
「そ、そうだね」
首筋を食いちぎられて死んだ人噛み蛇を、ぐるぐると藤のカバンの中にあった布でくるんで、その一部を千切って川に浸して絞って持ってくる。
「わんちゃん。ありがとうね」
血みどろの口と胸と前足を綺麗に拭いてくれた。
「いっしょにいこ? きっと、これをもってけば、お父さんもお母さんもわんちゃんと一緒にいるの許してくれると思うんだ」
ひょい、と抱き上げられる。
フィウ君がお姉ちゃんのカバンを代わりに持つ。残念ながらぼくの重みはフィウ君には無理らしい。
お姉ちゃんが左手でぼくを抱え、右手でフィウ君の手を取って、歩き出した。
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