第394話・動物を飼うのに必要なもの

 テイヒゥル君はむくっと起き上がって、ぼくの拳の匂いを丹念に嗅ぐ。


 そうして。


 グイっと頭を擦り付けた。


「おや」


「あら」


「ええ?」


「マジか」


 触れる毛の感触は思った以上に剛毛。差し出した手を頭で押しのけると、ぼくのすぐ傍まで来て頭をごっちんした。


 うお……苦しい。


 テイヒゥル君は手加減したつもりかもしれないけど、ぼく以上に大きい獣に手加減というのは無理な話なんだろうな。


 ぐーーーーーーっと音を立てながら、今度はお腹のあたりに頭を擦り付けてきた。


「ぐぇ」


 お腹が凹む力に思わず口に出したら、テイヒゥル君がぼくを見上げてきた。


 うん……これは間違いなく……心配、してるな……。


 ちょっと落ち込んだ顔。自分がぼくの気に入らないことをしてしまったんじゃないかと心配している顔。


「ああ、もう、そんな顔しないで」


 何となくテイヒゥル君の頭に手をやると、気持ちよさそうに目を細めた。


 ぐーーーーーーーって言ってる。


 よしよしと撫でてやると、テイヒゥル君はぐーぐー言いながら手の感触を確かめるようにちょっと手に押し付けてきた。


「本当に……懐くなんて」


 コチカさんの声が震えている。


「その人に懐けと調教されたわけでもないのに」


 あのー。コチカさん。懐かないかもしれない猛獣の前に人を立たせるのはですね、危険だと思うんですけどね。


 まあ確かにテイヒゥル君は大人しかったけど? この通りぼくの手にすりついてますけど? でも何かあったら町の名前に傷が付くんですよ? いや猫の為だったら傷がついても構わない人種なんでしょうけど? その気持ちが分かりかけているぼくですけどね?


「何か獣が懐く系のスキルでも?」


「それ持ってるのはあっちのフレディ、ぼくは「まちづくり」で動物に懐かれやすいけどスキルはない」


「では、スキルとは別の天賦てんぷの才?」


「なんでしょうかね」


 しゃがんで、目線を合わせてやると、ふっとい尻尾をあげてぼくの頭にごっちんしてきた。


「……痛い」


 思わず呟くと、テイヒゥル君はちょっと頭を引っ込めてこっちの顔色をうかがってくる。


「……大丈夫」


 うん、虎もほっとした顔ってできるんだな。


 こっちを見上げて嬉しそうに目を細めるテイヒゥル君。


 でもなあ……。


「さすがに虎はなあ……」


 思わず呟いた声に気付いたのか、テイヒゥル君がショック! って顔をしている。


 でもねえ。


 猛獣を飼うことが出来る人なんて限られてくる。


 愛玩動物を飼うにはお金がかかる。


 「餌と水があればいいじゃん!」と思ってるヤツ、大勘違いだ反省しろ。


 伝令鳥や宣伝鳥を飼うのに実感した。動物を飼うのはお金がかかる。それも動物が生きている限り永続的に。


 まずは当然ながら餌代と水代。テイヒゥル君みたいな大型動物はかーなーりーかかると踏んでいい。なんせ虎って肉食だから。一日十キロの肉がいるって言うんだから。


 次に、動物が伸び伸びと暮らせる環境。狭い場所に押し込めたら動物が可哀想。トイレと寝床は必須、そうしてせめて全力で走り回れる環境を、となると、虎だと、う~ん、結構な広さいるなあ。


 そして、世話する人。本当なら可愛がる人が世話をするべきだけど、ぼくみたく仕事があって四六時中一緒にはいられない(の割にはエキャルがついて回ってるけど)、病気や怪我などで動けない、そう言う場合には世話する人がいる。そう言う人を雇うのにもまたお金がかかる。トイレとか水とか餌とかブラッシングもやってもらわなきゃだし。


 あとは道具だね。トイレとか食器とかあと爪とぎもいるらしい。ブラッシングをする大型ブラシもいるし、さっきコチカさんが貸してくれたような猫用のオモチャもいるって言う。


 病気や怪我をすれば、当然治療費もかかる。この場合いちいち町を動かしてフェーレースまで来なきゃだし。


 湯処で飼う猫だけじゃなく、虎まで追加して飼うとなると、……う~ん、どう考えても予算オーバー。第一虎なんて「懐いた可愛い飼っちゃえ」では飼えない生き物だ。


「ダメ……でしょうか」


 コチカさんの声が沈むけど……ノリで「飼います!」と言えない生き物なんだからさ……。


「まあ……確かに箔はつくだろうが……」


 サージュも渋い顔。


「会議堂に座っていたらそれだけで箔はつくわね」


 フレディはちょっと賛成派?


「町長が言い聞かせればオレでも撫でれる?」


 変なことを聞くシエル。


「飼い主と認めた人が言い聞かせたなら」


「ダメ、シエルダメ」


 物言いたげにぼくの方に向いてきたシエルを制止する。


「テイヒゥル君がぼくを飼い主として認識しちゃったらどうするの」


「でも、この顔は、既に認識している顔だぞ?」


 え、と見下ろすと、不安そうに見上げてくる黄色い瞳。


 飼ってくれないの? という顔である。


 ぼくのこと、嫌いなの? という顔である。


 そんな顔をされて、どうしろって言うんだ。


 猫の湯の他に、虎の湯まで増やす気はないぞ?


 第一本物の虎がいる虎の湯って、相当の常連か、あるいはいい齢した大人の肝試しの材料にしかならないと思うんだけどね?

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