第395話・責任の取り方

「ダメ? ですか?」


「ダメというかなんというか……」


 ぼくは色を変えられた髪を右手でかき回しながら、言葉を探す。


「責任が取れない」


 本音を言うしかない。


「テイヒゥルは賢いんだろうし強いんだろうし役立つ護衛虎……いや護衛猫? なんだろうけど、グランディールで必要になるとは思えない。あと、懐いて可愛いから連れていく、なんて無責任な飼い方の出来る生き物じゃない」


「責任なら私が取ります!」


「いや取りますって言われても」


 空を移動する町にいる虎にどう責任を取るんだ。


「テイヒゥルにかかる費用は全部こちらがもちます」


「え」


 思い切った発言だなおい。虎を飼うのに必要なお金を全部出すって、テイヒゥルがいないだけで、あとはフェーレースにこれまで通りの負担がかかるだけじゃないか。


「それはフェーレースが一方的に泥を被ることになるのでは?」


 サージュが確認を取ってくれている。


「フェーレースは猫の町。猫を愛してくれる方と一緒に暮らせるのが猫の幸せ。猫の幸せの為ならば全力を尽くすのがこの町です」


 まあ……フォーゲルも鳥の町で、食用の鳥ですら虐待されてると聞くと全力で罰則を与えるからな。フェーレースも猫の為なら何でもするんだろうな。でもこれ、どう見ても虎なんですけど。


「グランディールはある程度の広さの居住スペースさえ用意していただければ。必要なものは全部出しますし、お金もお支払いいたします。もちろん、テイヒゥルが命を落とすまでこの契約は有効です」


「町長なしでそんなことを約束していいんですか?」


「町長は、テイヒゥルのことに関しては全て任せると仰っています。この契約内容についても既に許可は出ています。テイヒゥルが認め、我々が安心して預けられる飼い主が現れるのを待つだけの状態です。私たちは、テイヒゥルが幸せであればいいのです」


「~~~~~」


 ぼくは顔が渋くなるのを止められない。


「ぼくがテイヒゥルを不幸にするとは考えないのですか?」


「もしそうなれば、テイヒゥルを引き取るだけです。無論、他の猫も」


「ええっ」


 シエル今大事なところなんだから! と思っているとムグッという声が聞こえた。サージュかフレディだな。感謝。


 しかし……フェーレースの覚悟がここまでとは。


 確かに虎を飼えるポテンシャルを持った人間は少ない、その少ない中からテイヒゥルが気に入った人間を選ぶのは大変だろう。その該当者が目の前に現れたんだから、フェーレースは泣いてでも縋ってでもぼくを逃がしはしないだろう。


 ぼくは髪の毛をかき回すと、ちょっと失礼、と部屋を出た。


 部屋を出る時のテイヒゥルの悲しそうな顔ったら。まったくもう。


 取引所を出て、息を吸い込んで。


「エキャル」


 小さく呼びかけ、空を見上げる。


 緋色が滑るように降りてきて、ぼくの頭にとまった。


「エキャル。お使い頼む」


 携帯用のメモ帳とペンで用件を書き、エキャルの封筒に入れた。


「頼むよ」


 鳴かない鳥はスッと翼を広げて、グランディールへ向かった。



 ふー、と息を吐いて、取引所を囲む門に背中を預けて空を見上げる。


 フェーレースには水路天井がない。ここは常春と言われるほど温暖な気候で、適度に雨も降るので必要としていないらしい。エキャルを呼びやすくてよかったけど。


 懐いてくれるのは嬉しいけど。


 だけど、なあ。


 ぎぃ、と軋む音がした。


「テイヒゥル?!」


 ドアを頭で押し開けたテイヒゥルが、こっちを見ていた。


「お前……取引所を出ちゃいけないんじゃないのか?」


 自由に動ける状態の虎なんてヤバイだろうに。


 猫なら構わないというのはフェーレースの方針なんだろうか……いやちゃんと教えられていたら大丈夫なのか……? とりあえず安全面は確保されてるんだろうけど……。


 複雑な思いをしながら空を見上げる。


 テイヒゥルはぼくの足元にやってくると、スッと地面に座った。


「出てきていいのかーい? コチカさんに叱られないー?」


 ごろろろろろ……と喉を鳴らすテイヒゥル。


 懐いちゃったけど……ぼくはお前のことに責任が持てないんだぞ?


「なんでぼくがいいんだい?」


 足元に座っているテイヒゥルは黙ってぼくの足に触れるか触れないかの場所に座っている。でも尻尾がぼくの足にくっついている。


 ごろろろろろろろ……。


「愛想振りまいても責任持てないぞ?」


 ごろろろろろろろ……。


 そよそよと涼しい風が吹く。


 気配に空を見上げると、見慣れた緋色が一直線に戻ってきた。


 まずいかな?


「テイヒゥル、喧嘩しないでね?」


 見下ろして言い聞かせると、テイヒゥルは少し残念そうな顔でそっぽを向く。


 エキャルはぼくの頭に着地すると、テイヒゥルに向かってくちばしを鳴らす。威嚇。


「エキャル、喧嘩しない」


 頭の上からテイヒゥルに首を伸ばそうとしているのを片手で押さえつつ、もう片手で喉の封筒を外した。


 手紙を読む。


 ん~……。


 考えながら手紙を持って、取引所へ戻ろうとすると、その後をついてくるテイヒゥル。


 そういや護衛猫は何処までもついてくるんだったっけな。でも敵に気付かれないようにとかこっそりとかは無理だな。見栄えのする、に特化されちゃってるなこれは。

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