第396話・エキャルとテイヒゥル
テイヒゥルを引き連れて部屋に戻ると、コチカさんは両手で口元を押さえていた。涙ぐんでまでいる。
「こんなに懐くなんて……!」
「いや感激しないでください。まだ決まってないんで」
「てか、何でエキャルまでいるの?」
シエルに言われて、エキャルが胸を反らす。
「ああ、呼んだのか」
サージュがその理由を悟って頷く。
「ぼくらだけで決められる問題じゃないだろ」
「まあな」
ぼくが座ると、テイヒゥルはぼくの傍に座る。
「……完璧に懐いてるな」
「でもなあ」
困るんだよなあ。
テイヒゥルはもう目を閉じてごろごろごろごろ言ってるけど、もうすっかりぼくの物の気分になってるけど、まだ決まってないんだよ。そこまで決まってないんだよ。
うん、だけどエキャルが……。
エキャルは気に食わない相手を
戻ってきたら足元に新入りが座ってた、何処に座ってんだ喧嘩売ってんのかお前という感じ。
突きに行っていないのは、目の前にいるのがコチカさんやフェーレースの人たち……つまり、書類上はまだテイヒゥルはあちらのものだってことを理解しているんである。
賢いのはいい。いいけど! 勝手に判断しないで! 人間的にまだ引き取るとも断るともなっていないんだから!
「伝令鳥……どちらから?」
「さすがにぼくやここにいる人間の判断だけで考えちゃいけないと思って」
大型肉食獣を引き取るかどうかの相談である。こう言うことを町長の独断で決められるのがいい町長、と思う人もいるだろうけど、こう言うことこそちゃんと聞かないと。
「テイヒゥルちゃんが気に入ったんですって?」
女性の声が飛び込んできて、テイヒゥルが顔を上げた。あ。という喜びの顔。
「町長!」
コチカさんが立ち上がった。
そう、ぼくがグランディールから呼び戻したのは、グランディールを満喫しているはずのフェーレース町長モールさんと、その案内を担当していたアパルとファーレ。後ティーアも同行してもらった。
モール町長の身体から香る、微かに甘い香り。
「モール町長……薔薇風呂は堪能できましたか」
「大堪能!」
モール町長はにっこり微笑む。
「薔薇の香りと花びらの感触、猫以外で幸せを覚えたのはこれが初めてだわ。ただ……猫ちゃんは入れられないのよねえ。基本的に水浴びとか嫌いだから」
あ、そうなの。じゃあ湯に……いや浴槽に入れるんじゃなくて湯に隣接されている休憩処に猫がたくさんいるんだった。いかん。ぼく、相当シエルやフェーレースに毒されてるなあ。
「で、クレー町長がテイヒゥルちゃんのお気に入り?」
この立派な成猫……いや成虎……もとい大人の虎にちゃん付けするか? いや、フェーレースで町長張るには猫が大好きじゃないといけないんだろうけど!
テイヒゥルは顔を上げ、喉を鳴らす。
そしてそんなテイヒゥルに嘴を鳴らすエキャル。
「落ち着けエキャル」
今度は翼をばたばたやり出した。体を大きく見せる……威嚇なんだけど……。
「エキャル……その威嚇は、間違っていると思うぞ」
だって、テイヒゥル、どう見ても翼を広げたお前よりデカいんだもん。
威嚇が無駄だと分かったエキャルは、ぼくの髪を
威嚇からマウントへの移行を見ていたテイヒゥルは、むっくり起き上がると、モール町長を出迎えるために立ち上がったぼくの足に頭をグリグリ始めた。
テイヒゥル君アピールしてる。マウントアピールだ。ぼくはこんなことを許されてるんだぞと
それに腹を立ててエキャルがしたんしたん。
ティーアが黙って近付いて、後ろからエキャルを抱えてぼくの頭から引きはがした。
当然エキャルは怒る。羽根をバサバサやって、真紅の翼が何枚もひらひらと。飾り尾羽は大丈夫だろうね? バサバサじゃ抜けないよね?」
「エキャル、今はお前の出番じゃないんだ。町長の取り合いは後にしてくれ」
バサバサやっているエキャルを抱きしめるように翼ごと抱き込んで、ティーアは座った。
「エキャルは任せとけ」
「ありがとうティーア……」
エキャルが入ると話がややこしくなるからね。
「クレー町長は、テイヒゥルがお気に召さないのかしら?」
「気に入る気に入らないの問題じゃなく……コチカさんにも言いましたが、ぼくには責任が取り切れないんです」
「それは、テイヒゥルが虎だから?」
「それもあるでしょうね」
「でも、放浪者が一人、町に入れてくれと言われれば、クレー町長は断わらないわよね?」
「ええ、まあ……」
「なら新町民として受け入れてちょうだいよ。グランディールの町民は、見た限りそれだけ腹が据わっている人たちだわ」
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