第397話・三日ちょうだい

「えーと……」


 いやさすがに虎が一頭増えてしかも檻に入っていないってことは怖いでしょ腹据わってても限度ってものがあるでしょ。


「それとも怖い?」


「テイヒゥルは怖くないですよ」


 不安そうなテイヒゥルの視線を顔のあたりに感じる……。


「ただ、生き物を預かるには責任が生じるでしょう?」


「ええ。伝令鳥や町民に至るまでね」


「分かっているなら……」


「分かっているからこそテイヒゥルちゃんを託したいの」


 モール町長も笑顔ながら、それでも真剣な目でぼくを見据える。


「虎という生き物は、簡単に飼える生き物じゃない。そして、自分がその責任を負えるかどうかを考えている。あなたはそう考えられる人だから。テイヒゥルちゃんのこともしっかり考えて即答しない人だから。だからテイヒゥルちゃんを託したいの。あなたならきっとテイヒゥルちゃんを笑顔にできるから」


 ……虎に笑顔ってあるのか?


 いや、よく考えるとさっき小猫も大猫も笑顔っぽい表情してたな、じゃあこの模様だらけの顔も笑うんだろうか。可愛いとは思うけど。


「それに、そこまで考えてくださる町の町長なら、他の猫も大事にしてくれるんでしょうから、購入予定の猫の方もお勉強させていただくわ」


 う。痛い所を。


「実際、クレー町長には他の猫も懐いていました。大猫も一目で懐いたほどです。恐らくモール町長と同様の天賦の才があるのかと」


「?」


 意味が分からなくモール町長を見ると、笑顔で応えられた。


「わたしは猫限定だけどね、どんな猫でも初対面で懐いてくれるの。ちなみにスキルじゃないわ。わたしのスキルは猫限定の「動物感知」だから。懐かれるスキルだったらコチカじゃないかしら」


「私は「ブラッシング」です」


 何それ、初めて聞くスキル。


「この通り、ブラシを持たせると」


 コチカさんがブラシを取り出す。テイヒゥルを見る。テイヒゥルが近付く。


 ブラシをかけると、あっという間にテイヒゥルはぐにゃんぐにゃん。


「……というスキルです」


「オレ、そのスキルが欲しかった……」


 だからシエル、羨ましいからって指をくわえない! いくつだ、ぼくより年上だろ?!


「なのでスキルを見て、存分にブラッシングの出来るフェーレースに来ました」


 なるほどね。ブラシし放題だもんね。


「その伝令鳥の懐き方を見ても、わたしとクレー町長は同系統の才能の持ち主じゃないかしら。初めて会うものに懐かれる、という」


「でも懐くだけじゃ意味がないんでしょう?」


「そう。懐いたからもらってくよ、の人はフェーレースでは受け入れないわ。懐いた子の、その猫生を一生涯見守る覚悟をした人にしか渡さない。そして、クレー町長はテイヒゥルちゃんを気に入ってくれた。そうよね?」


「あー……まあ……」


 くそっ、町長の仮面を使いたい、使いたい。使いたい。が!


 あのの力は借りたくないんである!


 なら自分の力だけでこの局面を乗り越えるしかない!


「テイヒゥルは確かに可愛いと思います」


 言葉を選びながら、ぼくは訥々と語った。


「だけど、四六時中構ってやれるわけじゃない。猫なら膝の上に置けるし、鳥なら止り木を用意してやればいいけど、このサイズの虎を檻も鎖もなしで置いて周りの人に安心してってさすがに言えないでしょう。とするとテイヒゥルは普段鎖につなぐか檻に入れるかしかないだろうけど、それじゃ逆にテイヒゥルが可哀想です。テイヒゥルにはのびのびとしてもらいたいけど、それをグランディールの町民が受け入れてくれるかどうか。テイヒゥルを見るたびに人が逃げたら彼も傷付くでしょう。そんな姿を見たくない。だから……」


「そこまで考えてくださっているのね」


 にっこりと微笑むモール町長。


「テイヒゥルちゃんにのびのびしてもらいたい。ええ、ええ、わたしたちもそれを望んでいる。そしてそれがグランディールでは難しい。だから断わるしかない。そう考えてらっしゃるのね?」


「……ええ、まあ」


 間違いはないので頷く。


「なら、三日ちょうだい」


 モール町長、指を三本突き出した。


「三日、ですか?」


「ええ。グランディールの町民が認めないというなら、わたしが認めさせる。わたしがテイヒゥルちゃんの安全を保障して回るわ。それで町民が納得したら。問題はなくなるわよね?」


「ちょっと待ってちょっと待ってモール町長。あなた、自分の町を置いてけぼりで三日も町に滞在するんですか」


「三日あれば、グランディールの人たちへのお披露目は充分よ!」


「自分の町はどうするんです!」


「コチカに任せるわ、その為の取引担当長ですもの!」


 普通は逆じゃない?! コチカさんがテイヒゥルを宣伝してモール町長が町に残って……って。


 そうだった、フェーレースの町長と言うことは、一番猫のことを愛している人間ってことだった。その猫の将来に関わることだったら、自分がやり遂げたいと思うのが町長の考え方ってもんだ。


「ついでに残りの湯処も回りたいし!」


 どっちが本音ですか、教えてくださいモール町長!

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