第398話・ふれあいタイム

 ここまで別の町長に押されたら、断ることも出来ない。


「……グランディールの町民が拒否するのであれば」


 ぼくは苦し紛れに言った。


「諦めてくださいますね?」


「ええ、もちろん。でも、それはないわ。有りえない」


 モール町長自信満々です。


「テイヒゥルちゃんはきっとグランディールで愛されるわ」



     ◇     ◇     ◇



 猫を猫猫として連れてくるつもりが、虎を虎虎として連れてきた。


 先に猫を引き取って戻った町民や、ぼくが戻ったという報を聞いてやってきた町民が思わず回れ右して逃げていく。


 まあ、そうだろうね。


 生身の虎が鎖もなしで歩いてりゃあ、そりゃあねえ!


 一人逃げ出すたびに寂しそうな顔をするテイヒゥルがもうね、気の毒でね……。


 その後ろから、引き取った猫を乗っけた荷車。


 猫がなーなー言っている。


 愛想を振りまいているけど、可愛らしい猫の愛想が効かないほど強面の虎のインパクトが強い。


 ほらーテイヒゥルしょんぼりしちゃったじゃないかーだから言ったでしょーこんな顔見たくないんだよーぼくはー!


 テイヒゥルの横を歩いていたモール町長が、物陰を見てにっこりと手招きをした。


 あれは。


 ウサ湯の時にいたやんちゃ坊主。確か名前はヴァイカス君。


 目がキラキラしている。


 モール町長の笑顔を見て、ちょっとずつ顔を出してくる。


 後ろからこれまたウサ湯で会ったヴァイカス君のお母さんが不安そうな顔でぼくを見てる。


 ぼくは、どうすればいいんだろう。


 テイヒゥルが安心安全な生き物なのは保証できるけど、ここでぼくがヴァイカス母さんに大丈夫だと頷きかけたら逃げなさいと勘違いされて家の中に引きずり込まれるかもしれない。それだとテイヒゥルが余計落ち込むし……。


その時、つ、とぼくの頭にいつもの乗っけしていたエキャルが頭を離れた。


 ヴァイカス君の所に飛んで行って、頭に乗る。


「うわ、エキャルが乗った!」


 ぼく以外の頭には乗らないと思われている(ティーアとかの頭に乗ったことあるんだけど)エキャルが頭の上に乗ったのを見て、モール町長が声をかける。


「エキャルちゃんが乗ったならテイヒゥルちゃんも懐くわよ!」


 ヴァイカス君、満面の笑顔。


 母親の制止を振り切って走ってくる。


 元々が反骨心旺盛で好奇心も旺盛だから、道を堂々と歩いている虎なんてそりゃあもう一番乗りで触りたいだろう。


 だだだだだ、と走ってきて、テイヒゥルの目の前で一度止まる。


 怯え?


 ……じゃないな、まずじっくり観察したい派ですかヴァイカス君は。


 テイヒゥルの黄色の目を覗き込む。テイヒゥルも近い所にある虎の目をじっと見る。


「きゃー!」


 奇声を上げながらテイヒゥルの首っ玉にかじりつく。


 テイヒゥル、この町に来てからの初めての人からの接触に、喉をゴロゴロ鳴らしながら受け止めている。


「ね! ね! これ、乗れる? 乗っていい?」


「乗れるけど、生き物だから生き物の嫌がることはしちゃあダメよ?」


「はーい!」


 いや、耳の傍で大声出すのは嫌がると思うんだけどな。ほら見ろ、テイヒゥル君の耳伏せすぎてぺったり頭貼りついてるじゃん。


 ヴァイカス君、そんなことにはまったく頓着とんちゃくせず、テイヒゥルの背に乗る。


「こうやって頭撫でてあげると喜ぶわよ?」


 モール町長の言う通り撫でるヴァイカス君にテイヒゥルご満悦。なるほど、気性が大人しく賢いのは間違いない。大人しいと言われていても子供にかまわれてキレる動物は珍しくないのに。


「きゃー!」


 ヴァイカス君、それは逆撫でと言ってやっちゃいけないことなんだ!


 とぼくが言う前に。


「こーらっ」


 モール町長の教育的指導が入った。


 すっとヴァイカス君の頭に手をまわし。


 首筋から頭のてっぺんまで逆撫でした!


「うわあん!」


「嫌だった?」


「うん、イヤだ!」


「テイヒゥルちゃんも嫌だったのよ?」


 同じことをやられてやっとそこに思い至ったのか、しゅーんと落ち込むヴァイカス君。


「ほら、ちゃんと仲直りしましょうね?」


 モール町長はヴァイカス君を抱き上げて、テイヒゥルの目の前に持ってきた。


「……ごめんなさい」


 テイヒゥルは喉を鳴らし、軽くその頬に鼻を押し当てた。


「ちゃんと謝れたから、テイヒゥルちゃんも許してくれたわ」


「本当?」


「ええ、本当よ」


 きゃあ、と歓声を上げてもう一回首っ玉に抱き着くヴァイカス君。


 ヴァイカス君がテイヒゥルと仲良くしているのを見て、他の子供たちも恐る恐る顔を出す。


「町長、先に行ってます」


「うん頼んだ」


 サージュが猫の搬入に当たっている間に、子供が大量にテイヒゥルに群がっている。


 嫌がって牙とか爪とか出さないか? 暑いって思わないか?


 そんなぼくの心配をよそに、テイヒゥルは猫まみれならぬ子供まみれになっているけど怒る様子もない。


 しばらくもみくちゃにされたあと、モール町長が一人ずつ引きはがして、ふれあいタイムは終了になった。


「はいおしまい。テイヒゥルちゃんも疲れるからおしまいねー」


「またテイヒゥルと遊べる?」


「テイヒゥルちゃんがグランディールにいていいって言うなら、いつでも」


「いていいよ!」


「いる、いる!」


 三日どころかグランディールに来て一刻と経たずに子供人気は勝ち取ったテイヒゥルである。


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