第96話・晩御飯は出前で
「今日の話はこれで終わり?」
今日一日印を彫って、終わってすぐ会議堂来たから、もうお腹がスッカスカ。
水分は話をするからとサージュが薄めたワインを持ってきてくれたんだけど、お腹の方はもう何にもない。空いた、どころじゃない。空っぽ。
「終わったんなら食堂へ行ってもいいかな……」
「ああ、そろそろ来る」
その時、空間がねじれるような感覚がして、その隙間から白いものが姿を現した。
「こんばんはです!」
独特のキーの高い声が届く。
ヴァリエ!
ぼくを主と見做した女騎士(らしきストーカー)。久々に声を聞く気がする。確か食堂で働いていたはずだけど。
「来たか」
白を基調とした清潔そうな服に身を包んだ、アナイナより結構年上のはずだけど若く見えるヴァリエが、大きな荷物を持ってきた。
「……何?」
エキャルがすっ飛んでいこうとするのを、気付いて咄嗟に抱きとめる。
アナイナとの相性最悪なのに、ヴァリエと相性がいいとは思えない!
そんなぼくの気配りに気付いたか気付かないか、エキャルはぼくの腕の中でじたばたしている。
「わ……町長! 食事の出前を持ってきました!」
「出前?」
ヴァリエが笑顔で入ってきて、机の上にとん、とん、とんと皿を置く。
「ご注文のパンと、鶏肉とピーマンのナッツ炒めです!」
笑顔で言ってくれているけど、ぼくには初耳なんだけど……。
「クイネが新しく始めたんだ。シエルとか陶器組とかが朝からこもって夜過ぎまでかかって食堂に来れないからどうにかならないかってんで、朝にヴァリエに注文して、時間にスキルで食堂から直で送ってもらうんだ」
ああ。
ヴァリエのスキルは移動系で、初対面の時ぼくたちを大いに驚かせた「追跡」。言葉を交わした相手の所に瞬間移動できる。うっかり喋っちゃったアパルが気付かないでグランディールに帰ってしまったものだから、空を飛んでいるグランディールまでやってきて来られてしまった悲劇。おかげで追い出せなくなった。
そのスキルを使って、言葉を交わした相手の所に食事を持って行くわけか。なるほど、上手い使い方。
「ってか、いくつもの出前の注文があって、振り分けられるの? 行くところ間違えたりとか」
「はい、スキルレベルを上げて、十二刻間即ち丸一日、会話の内容を覚えていれば間違えることはありません! ちなみに記憶ではなく、記録でも大丈夫です! 相手の名前と注文の品を記録して、時間にその内容でスキルを発動させれば間違いなく相手の所に行けるようになりました!」
相変わらず無駄にキラキラしてんなあ。
「よーしよし。落ち着け落ち着け。声が大きいアナイナだと思え」
小声でエキャルを落ち着かせ、ぽふぽふして落ち着かせる。エキャルはしばらく翼に力を込めていたけれど、その力が抜けたので頭を思いっきり撫でまわしてやって止まり木に戻した。
「冷めないうちが美味しいですので、ささ、お早く!」
笑顔でお勧めしてくるし、ナッツ炒めには罪はないし、食べよう。
フォークで鶏肉とナッツを一緒に刺して、口の中へ。
あ。んまい。
ナッツの油と鶏肉の脂がいい感じ。
サージュとアパルも食べ始める。
「では、お皿は明朝食堂までお届けください! ありがとうございましたぁ!」
よく響く大声でヴァリエが一礼してスッと消える。
フーッ、フーッと息の音がするのでそっちを見れば、エキャルが文字通り肩……と言うか翼で息をしていた。
「よーし、よーく我慢したな。よしよし」
頭を撫でてやって、餌袋の中から豆を用意して嘴の近くにやる。エキャルは嬉しそうに
そうして人間も鶏肉とピーマンのナッツ炒めを
「あ~美味しかった」
親指に付いた脂を舐めとる。脂が舌の上に残る感じが美味しい。
「クイネを無茶して連れてきたかいがあったなあ。ご飯が美味しい!」
「それまでは盗賊料理やサバイバル料理だったからね。しかも作れる人間は限られてたし。ポルティアがクイネを勧めてくれなかったら、食堂は出来なかったし、こんな短期間でCランクの町になることもなかった」
口元をハンカチで拭いながらアパルも感慨深そうに頷く。
「怪我の功名だな。……エキャル、言いたいことは分かっているから突く準備しない」
サージェがさりげなく注意したことで、エキャルは襲撃しようとした体勢を解いた。
「うん、よし。ぼくがお前を飼ったのは手紙を送ってもらうためだからね。嫌な奴を突いてもらうためじゃないからね?」
くぅ、とエキャルは頷いた。
皿を布で拭う。
「これは俺が明朝食堂に持っていく」
「あ、今晩は帰るの?」
「ファーレがそろそろ帰って来いとお冠でな」
うん、町の仕事とはいえサージュはファーレの旦那なんだから、家には帰らないとね。
「何かあったらすぐ呼んでくれ。じゃあ」
ひらひらと手を振ってサージュは帰っていく。
「町長は?」
「エキャル懐かせるのにもうあと一日一緒にいた方がいいって言うし、かといって家に連れて帰るとアナイナと喧嘩しそうだし」
「そうだねえ」
半目閉じでこちらの話を聞いているエキャルは、アナイナの名が出た時ピクリと動く。初対面ではアナイナはそんな敵意なかったんだけど、「お兄ちゃんがわたしのこと大好きだってのに嫉妬してるんだね」と言ってからエキャルの中では嫌いリストの筆頭になったようで、アナイナと比べられると嫌がる。
でもまあ、あと一日だし? そうしたら手紙も出せるし、鳥屋パサレさんは個性が確定すればある程度落ち着いてくるって言ってたし。何とかなるよな。多分。
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