第429話・待つ楽しみ
そして、フォンセが閉ざした町長室の中で、フォンセと最後の打ち合わせ。
「ふん……つまりあいつが追い払った元町長からスヴァーラを助けた、そう言うことにしたいのね?」
「それが多分、一番丸く収まると思う。人間としてもてなされたいんだろう?」
「そうだけど」
「なら、そう言う設定で振舞うことになるけど」
「スヴァーラは一緒にいるんでしょう?」
「うん。女湯の案内はぼくやティーアじゃ無理だから」
「なら許してあげよう」
偉そうなフォンセ、いや偉いのか。大陸を創造し精霊を統べる精霊神の片割れだしな。追放されたとはいえオヴォツではしっかり信仰されてるしな。
「町長たちが去るのはいつになるの?」
「ん~、大湯処の内装を今考えていて、大体一週間で出来て、搬入とか招待状とかで……来たとして、
「長い」
フォンセは
「私を待たせるの?」
そうしてそっぽを向いて口を尖らせる。
「大陸、滅ぼそうかしら」
うん、そう言われるのは覚悟してた。だから。
「待てば待つほど楽しくなるものって言うのがあってね」
ん? とフォンセ、反応。
「美味しいものも楽しいことも、待つ時間が楽しいって人間ではよく言う」
「待つなんて、つまらないじゃない」
「口の中で甘い味を想像する」
ぼそりと呟けばピクリと反応するフォンセ。
「一度食べたケーキ。その味は口の中に残ってる。ふるふるの白い生クリーム。ふわふわの黄色いスポンジ。そして甘い赤い果実」
そわ、とフォンセがそっぽを向こうをしながらもぼくの言葉が気になって仕方ない様子。
「どんな味だったかなあ、こんな味だったかしら。想像する度思い出す味」
もう顔だけそっぽ向いてるけど目線はこっちガン見。
「だけど、今すぐケーキが目の前に現われたら、そんな幸せな想像は出来ない。食べておしまい。あ~美味しかった。それっきり」
うん、視線は釘付け。
「でも待つ時間があるから、何度も味を思い出す。ああ、もう一度食べたいなあ。あと何日待てば食べられるかしら。それまでどんな味だったかをずっと想像する。湯処も同じ。正確な情報で知っているとの違って、想像するという時間……ああ、もしかしてこんな場所、あんな場所。考えて考えて、指折り数えて待っている時間」
視線だけじゃなく、ついに顔もこっちを向いた。
「一月半、そのことばかり考えて、考えれば考えるだけ待ち遠しく、そして実際に体験した時の喜びは大きい。いいのかなー、今すぐ適当な湯処入って適当なケーキ食べたら、それでおしまいだよ? 一月半、まだかまだかって待つ時間は決して退屈しないと思うんだけどなー」
「待つ!」
フォンセがガバッと顔を上げた。
「一月半ね?! 待つ! 待つ!」
よっしゃあかかったあ!
「想像だけでなく、スヴァーラを助けた理由も任せる」
「それも「待つ楽しみ」ね? やる!」
もうね。目が、キラッキラ。
明るいのより話は分かるし人間は嫌いだけど好奇心もあるしやってみたい精神も大きい。うん、あんにゃろよりよっぽど扱いやすい。
「一月半? 一月半も楽しみ? ああもう、今から待ち遠しくてたまらない! そわそわしてわくわくして、ああ待つ楽しみって素敵!」
そもそも「待つ」なんて概念がないのが精霊。思い付いたら即実行。明るいのなんかその典型。
だけど、それは、「待つ楽しみ」を知らないから。
そっちに引っ張ってやったら引っ掛かると思ったら案の定。
笑顔。笑顔。アナイナより幼い笑顔。
「ああ楽しみだわ楽しみだわ! 待ち遠しいってこういう気分なのね! ああ一月半後私まともでいられるかしら! ああオヴォツを染めた時より楽しいかも!」
うんうん。その調子で大陸滅亡は後回しにするか忘れるかでお願いします。
「ああもう! 私帰るわね! 何かあったら手近の精霊に言って! もう、一月半が
ひょうっとフォンセの姿が消えた。
……ふー。セーフセーフ。
とりあえず、フォンセの好きなものも分かったし、女性向け人間食で大体大丈夫なのも分かったし、待たせてもしばらくなら待ってくれるだろうし。
フォンセが閉じていた結界が消えたのを確認して、汗を拭うと、外からバタバタバタ、と足音。
「クレー!」
「町長!」
予想通りティーアと三聖職者ズだ。
「うん分かってるからとりあえず入って」
三人は神殿から駆けてきたので息が切れてるし、ティーアは緊張で背筋が伸びている。
ドアを閉めて、今度は結界をぼくが張って、そしてお話し開始。
「フォンセだな?」
「うん」
「何しに来たんだ?」
「人間顔を見せびらかしに」
「そうか……」
ティーアはすーっと椅子に座り込んだ。
「ティーアは鳥部屋から来たのに、何そんなに……」
「宣伝鳥が大暴れしてな……」
そう言えば剥き出しの腕のあちこちに鳥の足跡。
「ここまで怯えるのはフォンセだろうと思ったが、無策で町長室に突撃するわけにもいかないし、鳥を落ち着かせていたら三人が来て」
「心配したー! 本当よ!」
ヴァチカは立ったままこっちを見て、大きく息をついた。
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