第428話・白くて甘くて柔らかいの

 フォンセは笑顔でくるっと回る。


「どうかしら? これで完璧な人間でしょう?」


 直前に感じた気配が消えれば、人間の女性としか判別できない。


「気配消すのは忘れないでね」


「以後注意する」


 ……うん、よりよほど注意を聞いてくれる。


「それで? 私をもてなしてくれるのはいつかしら?」


「大湯処が出来て……他の町の町長にお披露目した、その後」


「え? 私より先に人間如きをもてなすの?」


「しょうがないでしょ」


 ぼくは頭を掻いた。


「闇……もとい、フォンセは人間としてもてなされたいんでしょ?」


「うん」


「フォンセの人間としての立場は?」


「……えー。グランディールの町民をなんか助けた人?」


「うん。つまり一般人ってことだよね」


「ええ」


「町長差し置いて一般人を招いちゃったら、町としての立場も悪くなるでしょ」


「んー」


 フォンセは唇を尖らせ手ぶつぶつ言っている。


「しょうがないか。特別に後回しにすることを許可する」


「そう言ってくれると助かる」


 うん、本当に、助かる。大陸を滅ぼす闇の精霊神、聞き分けはいい。


「人間の食べ物で何か気に入っているものは?」


「え? 何、人間の食べ物、食べられるの?」


 突然フォンセの目がキラキラし始める。


「食べられるんであれば」


「あの、あれ、白くて甘い香りと味がする柔らかいのはある?」


 ニコニコの笑顔。……スヴァーラに憑りついていた時より表情豊かにフォンセは言う。


 だけど……。


 白くて、甘い香りと味がして、柔らかい?


「具体的に、名前があったりする?」


「うーん。オヴォツの外から持ち込まれて捧げられたものだったけど……」


「白くて甘い香りと味のする柔らかいのには何か別のものも一緒じゃなかったか?」


「う~ん……」


 フォンセは中空を見て考え込み。


「赤い果物が上に乗って、黄色いふわふわの上にかかってた」


「……ケーキとか言わなかったか? それ」


「そうそれ」


「白いのは多分生クリームとか言ったはず」


「そうそれ」


 なるほど、確かに白くて甘くて柔らかいだ。


「スラートキーとか言う町から来なかったかそれ」


「そうそれ」


 なるほど、あそこか。


 Sランク「甘味の町」スラートキー。甘い菓子や食べ物を作ることに特化した町で、主としてAランクからSSランクの町がお得意様。グランディールとはまだ繋がりがない。Sランクになったばっかの町だもん。


 でもフォンセのご希望とあれば、用意をするしかない。


 ちなみにぼくが何故生クリームやケーキを知っていたかというと、他の町に訪問に行った時もてなしてもらったからだ。まだ低ランクだった時からスピティなんかじゃ招待菓子を出してくれて、その中に生クリームの乗ったケーキがあったのだ。その頃はまだ町長の仮面をつけていたので、甘くて柔らかいという幸せな物質に感動した顔をせず、「いや実に美味しいですね、グランディールでも取引できるようになりたいです」とフューラー町長に言ったものである。


 ああそうか、フューラー町長に紹介してもらえばいいのか。


 世話になった人がケーキを食べたいと言っているので……いやこれはまずいな特定人間の為にケーキを用意すると商売にもならないし。


 そう言えば。


 大湯処案の所に「甘い物」があったな。


 甘味を食べたいという女性は多い。アナイナはぼくがスピティでケーキを食べたと知って「お兄ちゃんばっかりずるい!」と珍しくぼくの人間関係以外で怒ったし、シートスも盗賊生活で甘い物とは縁のない生活を送っていたから憧れるわね、と言っていた。


 よし。


「……ちょっと」


 考えていたぼくは、かけられた声に我に返った。


「私、食べられるの? スラートキーの白い甘い柔らかいなまくりいむ」


「準備してみる」


 パッとフォンセの顔が輝いた。


「本当? 本当に?」


「白い柔らかいのに赤い果物と黄色いふわふわだけでいいの?」


「白い柔らかいのを使ったのが他にあるんなら!」


 目が輝いている。


 こう言う所を見ると普通の女性なんだけどなあ。


 でもその本質は大陸を滅ぼす精霊神なわけで。


 時々どう扱えばいいのか分からなくて困る。


 わー、あの白くて柔らかいの、もう一回味わえるんだーと喜んでいるフォンセに何と声をかければいいものか。


「それ以外に欲しいのは?」


「んー、いらない」


 ちょっと考えてフォンセは首を横に振る。


「大体の食べ物は捧げられるし」


 うん、やっぱ精霊神だわ。


「それより、人間の好きな湯処って言うのがどんなのか知りたい」


 目はキラキラしたまま。


「あ~、大湯処以外にも入りたい?」


「影に紛れて町回ったら、湯処から声が聞こえるもの」


 大陸を滅ぼす精霊神様が影に紛れて人の町を回らないでください。不吉です。


「湯処って精霊神とあんまり関係ないのに、なんか人間が賑やかになる作用があるみたい。見たい」


「全湯処を回ると大変なことになるよ」


「全部じゃなくていいから。十くらいでいい」


 それでも多いよ。まあ全部回るって言われるよりはマシだ。


「スヴァーラに案内してもらう」


 ぴゃっとフォンセの顔がまた輝いた。

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