第427話・エキャルが帰ってくるまでに

「よーしよし、エキャルさんのお許しも出たしアッキピテル町長の返事が来るまでにもっとイメージを……!」


 エキャルがいなくなったのを確認してシエルが猛然と湯処のデザインやイメージなどを紙に書きまくる。完璧スイッチ入った。これならほっといても色々やってくれるだろう。


 まあ……エキャルが機嫌を直してくれて、良かった。


 エキャルはワガママに見えるけど、ちゃんと伝令鳥としての訓練を受けた最上級の鳥で、Sランクの町の町長の鳥として相応しい行動ができる、「デキる鳥」なんである。他の町に行ってもワガママ言わない、エキャルを派遣した町の町長なんかから「素晴らしい伝令鳥」と褒められるくらい。その鳥に見捨てられたら他の町から見てのグランディール町長という立場が危うい。町長の評判はその周囲を取り囲むものが作るんである。


「おっしゃあ、この鳥を元に大湯処を作り上げて見せる!」


「一応言っておくけど」


 ぼくは忠告した。


「見た目鳥な建物はダメだからね」


「ダメ?」


「ダメ」


 町の中で圧倒的に浮いている建物が、猫の湯。香箱座りの茶トラの猫の形をしているデカい建物。時々何故か勝手に「貸し切り」の札がかかっていて、その度フレディからの連絡が入る。ちなみに他の湯処で勝手に「貸し切り」の札を出して湯を独り占めする馬鹿はいない。コンセプトの近いウサの湯でもそんなヤツはいない。人気が出て住所で入る時間を分けている湯処もあるが、馬鹿が出るのは猫の湯だけである。


 ちなみに、ウサギに猫に鳥と来たがグランディールは決してわくわくな動物町ではない。売りを求めたら動物に辿り着いただけである。


「鳥はダメかあ」


「猫は座った形があるけど、鳥……しかも走鳥で建物の形って何なんだよ」


 走り鳥は背が高い。ぼくより高い。そんな鳥を建物状にすると、二階建て予定の大湯処の内装を考えれば、……かなりバランスが悪い。


「いや、走鳥が座った状態を建物に」


 いや、以前フォーゲルの鳥小屋で休憩している走鳥を見たが、足を折り畳んで地面にぺたーんと座ってた。それを建物にするとぉ。


「大湯処は平屋じゃないぞ」


「だからその分大きくして」


「その建物案はフォーゲルに送っとけ」


「グランディールの町スキルじゃないと無理だな。大工じゃ作れない」


「そんな建物を出すな」


「グランディールの売りとして」


「やめろ」


 不満満々のシエル。しかし会議堂の近くに建つ建築物をそんな愉快なものにするわけには行けないんである。猫の湯だけで充分。


「あ~、思いついた建物を作れないなんて、オレ悲しい」


「湯処好き放題して何言ってる」


 そもそも大湯処の案自体シエルが出してきたんじゃないか。


「しょうがない、そろそろ内装を考えるか」


「本当に頼んだよ? まじ……」


 真面目にね、と言おうとして思い直した。シエルはいつも大真面目なのだ。その発想と行動力が突拍子もないだけで。


「シートスは見張っといてね」


「了解したわ」


 エキャルが戻ってくるまでここにいても仕方ないので、ぼくはシエルの家を出る。


 それまで黙って床に寝そべっていたテイヒゥルも、ぼくの移動に気付いたんだろう、ついてくる。



     ◇     ◇     ◇



 水路天井越しに見える空は今日も青い。いい天気だ。


 エキャルが帰ってくるまで時間もある。


「ひっさびさに昼寝でもしようか……な……」


 呑気な、だけど魅力的なアイディアが脳裏に浮かぶと同時に、首筋の毛が逆立つ感じがした。テイヒゥルを見ると全身の毛が逆立っている。


 これは……。


 太陽の光を受けてくっきりと浮かぶ建物の影。今中途半端な時間でこの周辺にはぼくとテイヒゥル以外誰もいない、その中で、黒い影がぐるぐるとぼくの影の周りをまわっている。いや、影というよりは……地面を走る……。


 ぼくは即座に走って会議堂へ。地面を走る黒いヤツもついてくる。町長室のドアを閉める。結界を張る。黒いヤツが床から持ちあがる。


 それは、熱のない黒い炎。


「あのなー……」


 髪の毛をかき回して、ぼくは溜息をついた。


「一応気を使ってくれたんだろうけど」


「なあに?」


「せめて屋内に限定してくれない?」


 黒い炎は黒い光としか掲揚できないものを放ちながら形を成し、色が混ざる。


 そして起き上がったのは、何処かスヴァーラに似た、だけどそれより目鼻立ちがはっきりしていて印象的な、しかし完璧な完成された美ではなく、何処か歪んだものを思わせる……それでも、美。


 初めて見る顔。


 しかし、気配で分かる。


「もし外で誰かに見られた時はどうするの」


「記憶を消す」


「いい表情してろくでもない答えを出さないでフォンセさん」


 フォンセこと、闇の精霊神だ。



「いいでしょ、この顔」


 軽く自分の頬を叩きながら、フォンセが主張する。


「どこの誰の顔?」


「千年以上前の、スヴァーラの先祖の顔よ」


 ニコニコ笑いながら言ってくるフォンセ。その笑顔だけを見れば、純粋な女性に見えるかもしれない。


 だけど。


「せめてその気配消してくれる? うちの聖職者たちが心配して駆けつける」


の聖職者でしょ? 消す」


「消したらもてなしもアウト」


「ちぇー」


 フォンセは渋々、闇を主張する気配を消した。


 これでもう、普通の人間と思われないものはない。


 いや、かなりな美人さんだけど。

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