第478話・知識
「でも今は会うべき時じゃないんじゃないか?」
ぼくの言葉に、アナイナは目を丸くする。
「何で」
「アナイナはもうヒントを貰ったろ」
ぼくの脳裏に、フォンセが真剣な顔で言った言葉が蘇る。
(色々なことを聞いて見て、何が正しいか何が間違っているのか判断しなきゃいけないわよ。色んな人と話して、それについて自分がどう思うか、それをよーく考えてみなさいな。本もどんどん読んでね。そして自分がどう思うかって言うのをよーく考えるのよ。自分の考えを持ちなさい。お兄ちゃんと同じ考えじゃなくてもいい、揺らぎない自分を持ちなさい)
「アナイナ、本は読んでるみたいだけど、ほとんど上の空だろ?」
「……うん」
「それじゃあフォンセも来ないよ。蒔いた種から芽も出てないのに」
「…………」
「問題も読まないうちに先生に答えを聞くような真似はしちゃいけないよ」
アナイナが肩を縮めた。何かいつもより一回り小さく見える。
「ちゃんと聞いて見て、人と話して、本を読んで、何が正しいか間違ってるか考えて、自分の考えを固める。……今のアナイナは、自分の考えは固まってるか?」
アナイナは小さく首を横に振る。
「分かってるんじゃないか」
「分かってる、分かってるけど、何か頭がついて行かないの」
「とりあえず本読め」
「読んだ」
「読んでないだろあれ。ページをパラパラしてるだけだろ。内容覚えてる?」
アナイナは口を
「それじゃ意味ないだろ。何処ぞの家付き息子が賢そうに見せるだけの飾り読みだろ。ちゃんと中身読め。まずはそこから始めろ」
「でもさあ」
「ん?」
「何か分かるんだもん。書いてあるの嘘だって」
「聖典?」
「だけじゃなくて、会議堂から借りた歴史本も」
……まあ、確かに、大陸のほとんどの人間が信じている大陸の歴史はあんにゃろが弄った偽り満載のものだしな。
ぼくやティーア、スヴァーラに三聖職者は真実に近いことを知っている。三聖職者に近くあり、聖女としてぼくの下にいるアナイナが偽りを感じても仕方がない。
でも。
「どこがどう違うと思うか、まとめてみな」
「え?」
「メモとか手帳とか、そう言うのにまとめて、読み終わってからメモ読んで、そしてどう違うと思ったか、何処に違和感を感じたか、どうすれば違和感を感じない話になるか」
「本読むのにそこまでする?」
「フォンセが求めるのはそう言う読み方」
体験、会話、読書。叶う限りすべての手段で色々な情報を集め、頭の中でよーく考え、正しいか間違っているかを判断し、そうやって積み重ねた自分の考えを自分だけの武器にしろ。
「それって、本当に武器になる?」
「なる」
ぼくも、成人する前と後じゃ、読んだり話したり考えたりする時間が圧倒的に増えたと思う。
町長として色々な話、色々な出来事、色々な記録を聞いて、どの情報を使えば今目の前にある問題を解けるか、四六時中考えてるよ。
ぼくにはサージュみたいな「知識」スキルがないし、エアヴァクセンでも勉強の基礎的なことしか教わってないから、サージュだけでなく他の大人と比べても知識量が圧倒的に足りない。知識を増やすには本を読んだり聞いたりするしかない。それを噛み砕いて取捨選択して自分の知識にする。町長の仮面をつけていた時はフォローがあったけど、それでも何となくなあなあで話を終わらせていただけだから、知識になったわけじゃない。知識にしようと思ったら自分で動くっきゃないのだ。
「……やっぱり?」
「苦労しないで手に入れた知識なんて知識にならない」
「そっか」
アナイナは手を自分の顔の前まで上げた。
そうして。
ぱん! と結構強く自分の頬を叩いた。
「決めた!」
「何を」
「フォンセが次に来るまでに、あの人の言っている本音が分かるようになりたい」
自分の頬を平手打ちした両手を握り締め、アナイナは宣言した。
「あれ何これ何って聞かなくても、フォンセの話を最初から最後まで聞いてああなるほどこういうことかって納得できるようになりたい!」
……それは非常に非常に、ひっじょーうに、難しいぞ、アナイナ?
なんせ相手は精霊神の片割れ。知識も歴史も半端ない、ぼくだって理解しきれてないんだぞ。
だけどまあ、理想は高い方がいい。
「そうだな、フォンセがぼくにアナイナは役に立つって言ってくれるほどの知識と知恵を身に付けるのが目標だな」
「うん!」
唐突にアナイナの目に光が戻った。
「頑張って、わたしがお兄ちゃんの役に立てる人間になったってフォンセが言ってくれるくらいの知識と知恵を身に付ける!」
そしてぼくの方を見る。
「あのさ、お兄ちゃんのスキルで個人的なものって出せる?」
「個人的?」
シエルが個人的に猫の建物を作ったりしたけど。
「インクの切れないペンと、なくならないノートが欲しい!」
アナイナが勉強道具を欲しがったのなんて初めてだ。
「あと、会議堂の図書室に入る許可! 持ち出す許可がダメだったら図書室で読む許可!」
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