第477話・中立

 兄としては、アナイナの望みをかなえてやりたい。


 多分、アナイナにとっては初めての「先生」みたいなものだから。


 フォンセなら、多分今のアナイナが抱いている思いをひっくるめて受け止めて、そして話してくれる。


 だけど……。


 これ以上フォンセを町に入れるのは危険だ。



 実は、フォンセが帰った翌朝、三人から夢を見たと報告があったのだ。


 内容は三人とも同じ。


 何処までも続く白い空間の中。


 目の前で、黄金の炎が揺らめいていて。


 そして、告げる。


(闇におちいることなかれ)


(汝らに課せられた定めに従順であれ)


 とさ。


 そうして急に中空に放り出されて、次の瞬間目が覚めた、と。


 間違いない、だ。


 光の精霊神。フォンセと対。三人を聖職者として選んだ存在。この大陸創造の手柄を独り占めにして、フォンセを存在しなかったことにしようと画策し、大陸がそのせいで滅びかけているのからは全力で目を逸らしているヤツ。


「どうする、町長?」


「どーするもこーするも」


 代表して朝一番で会議堂に飛び込んで来たラガッツォに、ぼくも半寝ぼけでこたえた。


「君らに任すよ」


「任すって……何を」


「そりゃあ、どっちにつくか」


「町は?」


 おもてなし後でケーキを大量に食べて、夕食を食べずに寝てしまった胃に優しいお粥をヴァリエが持ってきてくれたので、とりあえずヴァリエを一時的に外に出して(騎士を名乗るヴァリエは聖職者には従順である)、お粥をすすりながら答える。


「中立」


 即答する。


「光が暴走をしているから、抑えるために闇の力を借りなければならない。だけどオヴォツみたいにフォンセを信仰するわけじゃない。だから町としては中立。町長……と言うかクレー・マークン個人の立場としてはどちらかと言えば闇寄りの中立。光が暴走して大陸を沈めようとしてるからね、光には寄れない」


 だけど、と言葉を続ける。


「聖職者が特定の精霊神を崇めるか、それともスキル捨てる覚悟で誰も信用しないとなるか。それは個々に任せる」


「……んな無責任な……」


「だって、他に言いようがないじゃないか。に脅されて、光に寄れって言われてる聖職者に信仰捨てろとかスキル捨てろとか言えないよ。フォンセも助けてほしければ自分を崇めろなんてひとっことも言ってないし。だから全面的に三人に任せる。アナイナなんて信仰捨ててるけど神殿で平然としてるし」


「……つまり中立を保てるんであれば聖職者や神殿が何であっても構わない?」


「そだね。てか個々の信仰で町の立場は変わらない。西の民がこれを知れば、絶対の方に行くだろ?」


「行くな。事情が分かってもにつく人は多い」


「そう。だから町はどちらにもつかない。それを原因に争った場合は町を追い出す。町で平和に暮らしたいんなら他人の信仰を気にしないこと」


「確かに……」


「だから、君たちが何を選んでもぼくは何も言わない。君たちの選択に任せる。他人に信仰を勧めることも咎めることもしなければいい」


 ラガッツォは首を捻りながら帰り、結界が消えて出て言ったのを見たヴァリエが入ってくる。


「何か難しいことでも?」


「難しいよ」


 ふーっと息を吐く。頭の上にエキャルが、足元にテイヒゥルが来て、頭をごっちんしてくる。疲れているの分かってるな。


「町長、何があったかは分かりませんが」


 食べ終わった鉢を片付けながら、ヴァリエは笑ってくる。


「わたくしはいつまでも、何処まででもお供いたします。そうして、わたくしと同じように思っている町民は、きっとたくさんおりますよ」


 ヴァリエは二コリ、と笑いかけた。


 彼女の騎士としての忠誠心がどんなものかは知らない。だけど、彼女は常に自分の進む道を違えない。騎士としては雇わない、といったぼくに、それでもついてゆく、と来た押しかけ騎士は今は食堂のウェイトレスと出前係だけど、いつかは騎士にという希望は捨てていない。


「ヴァリエ」


 ぼくはある頼みをした。



 とまあ、こう言うことがあったので、アナイナの頼みでも、さすがにフォンセをもう一度町に呼ぶのはタイミングが悪い。


 が脅しをかけてきた今、町にフォンセを入れるのは、に全面戦争を挑んでいるようなもんだ。ぼくはグランディールを生き残らせたい。その為なら何でもするし何もしない。だけど、これはしないじゃなくて


 聖職者にあからさまに警告を出してきたってことは、ぼく……あるいはグランディールに闇をこれ以上入れたら警告じゃ済まなくなるぞ、ってこと。


「アナイナ」


「ダメ?」


「今は難しい」


「そっかあ……」


 珍しく聞き分けがいい。


 アナイナは聖女だから、精霊の気配に敏感なのかもしれない。それで、闇の気配を完璧に隠していたフォンセから違和感を感じたとしても不思議じゃない。


「いつ頃なら大丈夫?」


「さあ……大丈夫だったら連絡を入れてくるはずだ」


 しゅん、と俯くアナイナ。

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