第476話・落ち込むアナイナ

 フォンセが去って、もう五日経つ。


 何故か、アナイナは元気がなかった。


 表向きはの聖女として通っているアナイナは神殿で暮らしているが、昼はずっと神殿にある聖典や会議堂から持って行った歴史の本なんかを読みふけって、夕方の初め頃からクイネの食堂を手伝い、夜には神殿に戻る。


 何もしていない時は、ぼんやり……じゃないな。しょんぼり、している。


 じっと窓の外を見つめていることもあるし、ソファに座り込んで天井を見上げていることもある。大体そんなときは溜息をついている。


 こんな感情を出しているアナイナなんて、ぼくも見たことがない。


 いや冗談じゃなく本当に。


 さすがに心配したヴァチカが会議堂までやってきて、ぼくが神殿へ駆け込むことになった。


 ぼくはてっきり三人が自分に黙ってぼくとおもてなしの準備をしていたのが気に入らないかと思ったけど、違った。


「お兄ちゃん」


 ぼくの顔を見たアナイナが、不安そうな顔で言った。


「どうしたんだ、アナイナ」


「…………」


「元気ないって、ヴァチカがぼくを呼びに来たよ。どうしたの?」


「あのさあ、お兄ちゃん」


「ん?」


「フォンセ、次はいつ来るかなあ」


 これは驚いた。


「フォンセ?」


「うん」


 しゅーんとした顔でアナイナはぼくを見た。


「わたしねえ、フォンセにも一回会いたい」


 仲間外れにされた落ち込みじゃなくて、フォンセと別れた落ち込みとは。まるで初めて大事な人と別れた子供のように落ち込んでいる。


 アナイナは別れを経験していないわけじゃない。


 エアヴァクセンにも仲のいい友達はいた。年上の友達が成人式で残留できずエアヴァクセンから出る時に散々泣いて行くな行くなと大騒ぎしていたことを覚えている。


 それでも、二・三日泣いて大暴れして、その後はその相手のことなどすっかり忘れて元通り……がぼくの知っているアナイナだった。


 ここまで続けてしょんぼりしているアナイナなんて、初めて見た。


 そして、それがフォンセと会いたいって言う理由だったなんて。


「なんで……フォンセに会いたい?」


「あんな人、初めてだったんだ……」


 人じゃないんだけど。


「わたしに、お兄ちゃんの役に立つ人になれって言ったのは」


 ああ、そんなこと言ってたな。


「大体の人は、お兄ちゃんの邪魔をするなって言うよね」


「まあ」


 正直アナイナはトラブルメイカーなので、みんなどうアナイナを暴走させないかに気を使ってる。


 三女傑も、「それをしたら町長が困るでしょう」としょっちゅうアナイナを叱っているよな。


「フォンセだけなんだ。わたしを止めるんじゃなくて前に進めてくれたのは」


 …………。


「そっか」


 暴走癖があるアナイナを煽る人間は、グランディールにはいない。暴走すると崖に落ちる……んじゃなく、崖を飛び越え空の彼方まで行ってしまうのがアナイナだから。


 だから、フォンセに与えられた助言は、アナイナには新鮮だったんだろう。


「なんで……フォンセに会いたい?」


「あんな人、初めてだったんだ……」


 人じゃないんだけど。


「わたしに、お兄ちゃんの役に立つ人になれって言ったのは」


 ああ、そんなこと言ってたな。


「大体の人は、お兄ちゃんの邪魔をするなって言うよね」


「まあ」


 正直アナイナはトラブルメイカーなので、みんなどうアナイナを暴走させないかに気を使ってる。


 三女傑も、「それをしたら町長が困るでしょう」としょっちゅうアナイナを叱っているよな。


「フォンセだけなんだ。わたしを止めるんじゃなくて前に進めてくれたのは」


 …………。


「そっか」


 暴走癖があるアナイナを煽る人間は、グランディールにはいない。暴走すると崖に落ちる……んじゃなく、崖を飛び越え空の彼方まで行ってしまうのがアナイナだから。


 だから、フォンセに与えられた助言は、アナイナには新鮮だったんだろう。


(もし町長が間違った道に行っちゃって、誰が言ったって聞かないような時には、あなたが止めてあげないと誰が止めるの?)


 その言葉が、アナイナの中に残ってるんだ。


 ……そう、それは、ぼくが恐れていることでもあった。


 もし、将来、ぼくが間違って暴走を始めた時。


 と同じように、誰が町長としての実績を持つぼくの暴走に気付ける人がいるか、そしてそれを止められる人がいないんじゃないかという恐怖。


 アパルやサージュ……は無理だ。町長としてのぼくの実績を知っている分、ぼくが間違うなんて想像できない。


 ティーア……は、ぼくが暴走していることが分かるかも知れない。でも、ぼくを止められるか。……ティーアは情が深い。こうやって親しくなったぼくを止められるだろうか。


 ……多分、フォンセはぼくの心の奥底に突き刺さった棘の正体に気付いてたんだろう。


 だから、アナイナに、それを託したんだ。


 ぼくが行ってはいけない道を行った時のストッパーを。


「ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」


「もっかい、フォンセに会いたいよ、わたし……」

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