第475話・ケーキをどうぞ
そうこうしているうちに、みんなの皿にあった五切れのタルトもきれいさっぱりなくなり、ショートケーキ丸一つが残るのみとなった。
「なんかさー」
この中で一番状況を分かっていないシエルがしみじみ呟いた。
「後世にこの町のことが残るとしたら、今の話し合いこそがそのターニングポイントとなった、て書かれるような気がする」
なんで? 何で一番事情知らないシエルが?
「オレのインスピレーション、ガンガン湧く、湧く~」
……ああ、そう、ね。シエルにいい影響を与えたようなら何よりですよ。
「じゃあ、最後のケーキ、切り分けるよー」
マーリチクが素早く立ち上がってナイフを湯で温める。聖職者の中で一番気が弱い彼だけど一番気が利くのも彼だ。
「じゃあ切るね」
このケーキを与えてくれたすべての存在に感謝して、切り分ける。
シエルがそのまま流れるように飾り付けて全員の前に並べる。
アナイナは自分の前に出されたケーキをじっと見つめ。
すっとフォンセの前に置いた。
「ん?」
「あげる」
なぬ?!
アナイナが、大好物を、人に譲るなんて。好物だったらヘタをしたらぼくからでもかっさらっていった、あのアナイナが?
「いいの?」
あなた、あんなに気に入って食べていたのにと不思議そうな顔をするフォンセに、アナイナはもう一度頷いた。
「お礼」
「何の?」
「お兄ちゃんの役に立てるようなわたしになるためのヒントをくれた、お礼」
アナイナは真剣な顔でフォンセを見ていた。
フォンセはしばらくケーキとアナイナを見比べていたけれど。
「じゃあ遠慮なくいただくわ。ありがとう」
フォンセの顔も、これまで見たことのない穏やかな笑みだった。
「おれも」「ぼくも」「あたしも」
続いて、三人がフォンセの前に皿を出した。
「いいの? あのアレに怒られない? それであなたたちが怒られるの、わたし、嫌よ?」
聖職者は嫌いとか言いながら、彼らの心配をする。この精霊神は多分その対より人のことを考えてくれている。
「色々教えてくれたから、お礼」
「何かをしてもらったらお礼をしろって言うのは教えだから」
「ちゃんと言い訳は立つ」
くすっとフォンセは笑う。
「じゃあ、いただくわ。遠慮なくね」
「うん」
「もともとあなたが欲しいって言い出して始まったことだから」
フォンセは幸せそうにケーキを食べる。これもお供え物と言うんだろうか。だとしたら強力だな。神そのものに神の好物を捧げたわけだから。ぼくとスヴァーラは何となくケーキに手を付けない。この状態で食べているのはフォンセと……。
うん、シエルは食べるよね。美味しそうに食べてるね。目の前で聖職者たちが謎の女に礼と言ってケーキを譲ったことに何の疑問も抱いていない。ある意味うらやましいですその強心臓。
「ん? 食わねーの?」
「と言いながらさりげなく人のケーキを持って行かないように」
伸びてきたシエルの手をペシリと叩いてやる。
「チッ」
舌打ちして手をひっこめるシエル。
「でもまあ、フォンセさんにはいいインスピレーションを貰ったし」
シエルは半欠けのショートケーキをフォンセの前に押し出した。全部じゃないのがシエルらしい。
……しかし……一人でそれだけはさすがに無理なんじゃ……。
いや、相手は精霊神だった。肉体なんて自分で作って自由に可変可能、胃袋に別腹を作るくらい楽勝だろう。
見てて幸せになるくらい嬉しそうにショートケーキを食べるフォンセ。
「ぼくのはいる?」
「ワタシのもどうぞ」
結局ケーキは八分の七以上がフォンセのお腹に収まることに。
皿の上のものが綺麗になくなって。
「あー美味しかったあ!」
幸せそうに笑って見せるフォンセ。
ああ、この笑顔をしてくれるなら、おもてなしは大成功だな。
……あんにゃろが色々やってこなければいいんだけど。
そもそもあいつが暴走を始めて妙なことを考えなきゃ色々なことを考えて頭を抱える必要もそもそもおもてなしをすることもなかったんじゃ?
ああもう、これから後が予測つかない分不安だよ!
……フォンセは納得してくれたけどね!
「御馳走様でした」
嬉しそうに感謝の印を切って食べ終わったフォンセ。
「あー幸せ。美味しかった。今度来る時にはこの町作のショートケーキを食べられるといいなあ」
「スラートキーじゃなくて?」
「スラートキーの甘味をグランディールで作ったらどうなるかを知りたいの!」
左様ですか。
「てか今度いつ来るの?」
アナイナ。フォンセがまた来るの確定なの?! 余程フォンセを気に入ったんだな?
「んー。わたしもちょっと忙しいからねー……」
そう。これからフォンセはとんでもなく忙しくなるはずだ。呑気にもてなしてくれなんて言えないはず。
「えー」
「でもまあ、また来るなら、まずお兄ちゃんに連絡入れるわよ。今回は無理やりおもてなしさせたようなものだからね」
いいでしょ? とフォンセがこっちを向く。
「まあ、来たいって言うなら連絡が欲しい」
「絶対来てね? 約束だよ?」
アナイナがフォンセの手を握る。
「ええ。あなたたちが招待してくれるなら」
フォンセは笑って言って、見送りに行った全員の前で手を振りながら下降門の中に姿を消した。
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