第474話・真面目な話とブレないシエル
聖職者三人(アナイナも聖職者っちゃ聖職者なんだけど、自覚もなければ既に他……何故かぼく……に仕えていることになるのであまり関係ない)は、タルトを口に入れたり赤ワインを空けたりしながらも、その味は分かっていないようだ。ああ、勿体ない。
でも、気持ちはわかる。
今まで信仰してきた精霊神を捨てられるかどうか。あんにゃろの怒りを買わないか。どちらが自分たちの為になって、どちらが町の為になるのか。
悩ましいにも程がある。
特に明るいのへの信仰心篤い西出身の彼らだから、余計悩むんだろうなあ。言葉を覚えるより早く信仰を覚えるとまで言われる彼らの心中は察するに余りある。
「町長がその覚悟を持っているんなら、いいんじゃない?」
フォンセは笑顔で言った。
「町民がどう言おうと、神の導く破滅の運命より、町とそこに住む人の命を取った。その覚悟は町長だけのものだし、町長だけがしておけばいいこと。その方向性さえ分かっていれば、いざって時に迷うこともないわ」
「なんかえらそー」
アナイナがブーたれる。
「わたしえらいもん」
「放浪者のくせにー」
「あら、あなたとお兄さんも放浪者だったって聞いたけど?」
「わたしとお兄ちゃんはいいのー」
ケラケラ笑うフォンセ。
「そうね。あなたはお兄ちゃんが大好きなんだものね」
フォンセもそれ以上言わないでください。何にも知らないことに首を突っ込むの大好きなシエルが今か今かと突っ込むタイミングを計ってるんです。
「でも、お兄ちゃんが間違わないって思ったらいけないわよ」
「えー? そんなこと」
「お兄ちゃんが間違ったと思ったら止めるのは、妹であり聖女であるあなたの役目でしょう?」
おお、ギリギリ。アナイナとシエルに気付かれる寸前くらいまで喋ってやがる。
「? そうなの?」
「そうでしょ。町長ってのは町で一番偉いんだから。もし町長が間違った道に行っちゃって、誰が言ったって聞かないような時には、あなたが止めてあげないと誰が止めるの?」
「そ……そっか」
「その為にも、色々なことを聞いて見て、何が正しいか何が間違っているのか判断しなきゃいけないわよ。聖女だから神殿に籠っていればいいってわけじゃないのはあなたが良ーくわかってるでしょ?」
「う、うん」
「色んな人と話して、それについて自分がどう思うか、それをよーく考えてみなさいな。本もどんどん読んでね。いろんな本をよ。そして自分がどう思うかって言うのをよーく考えるのよ。自分の考えを持ちなさい。お兄ちゃんと同じ考えじゃなくてもいい、揺らぎない自分を持ちなさい。そうすれば、あなたは誰よりお兄ちゃんの役に立てるわ」
「そ、そうなの?」
「そうよ。そう言うものよ。お兄ちゃんの役に立ちたいなら、お兄ちゃんを支えてあげられる人になること。それがあなたにできるたった一つのことで、あなたにしかできないことなのよ」
「分かった」
アナイナなりに真剣な顔をして頷いている。
この顔をするアナイナを見るのは久しぶりで、ぼく以外にこの顔をさせた相手は初めてだ。
「んー。フォンセさんって、実は強スキルの持ち主とか?」
シエルが首を傾げる。
「何で?」
「そうでなけりゃここまで深い話は出来ないでしょ」
「あっはっは」
フォンセ、破顔一笑。
「わたしはいろんな経験して、それが自分にとってどういう意味を持っているかを考えてきたから、ちょっと考えがあなたたちより深いだけ。あなたたちも常に考えていればすぐにこの程度の考えは持てるわよ」
その「ちょっと」は神話以前の世界から続くちょっとだからね? 普通の人間が簡単に達せられる域じゃないからね?
「おれ、も」
乾いた声。ラガッツォだ。
「おれも、考えてみる。町を助けたい町長の為におれに何ができるか、精霊と人間を繋ぐ聖職者が出来ることを」
「そうね。これから先の聖職者は考えなければならないことだから、じっくり考えるといいわ」
ヴァチカとマーリチクもこくこくと頷く。
「ワタシでも役に立てるでしょうか」
スヴァーラにも頷くフォンセ。
「誰だってできるわよ。自分の考えを持って、これから起きることに対応する。それだけ。ただ、しっかりとした考えを持っていなければ迷うだけってこと」
「オレは? オレは?」
仲間に入れてもらえなかったシエルが首を突っ込んでくる。
「あなたはちゃんと自分の考え持ってるじゃない」
「え? 本当? マジ?」
「ええ。自分のデザインで他人を喜ばせる。それはあなたの信念でしょう? 猫の湯はあなたの趣味だったようだけど」
「うん、趣味」
「でも、喜んでもらえると嬉しいでしょう?」
「うん、その為に色々やってるんだから」
「なら、今あなたのやるべきことは?」
「猫にまみれる?」
ぶふぅっとフォンセが噴き出した。
「大陸の危機でも猫にまみれるのがあなたなのね!」
そこはブレないシエルさん。
「猫にまみれられない世界なんて滅びればいい」
「んふっふ、極論だけどあなたの考え。嫌いじゃないわ」
まだ笑いながらフォンセは目尻に浮かんだ涙を拭った。
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