第541話・説得を受け入れる気はありません。

「と、言うわけで」


 神殿の隠し部屋で、ぼくはフォンセと話し合って出た結論を打ち明けた。


「明日から一週間行方不明になります」


「却下」


 ティーア、一声。


「えー」


「えー、じゃないだろ!」


 ラガッツォも怒鳴る。


「町長が変わっちまうなんて!」


「いや、ぼくが町長職を離れるんじゃなくて」


「意味が違う! 町長の中の何かが変わっちまうなんて、認めねー!」


「そんなに変わらないと……」


「変わるでしょ!」


 ヴァチカに怒鳴られた。


「光の精霊神様の分霊におなじ分量だけ闇を混ぜるって! 混ざり合うかもわからないってのに、そんな勝負をするの?!」


「ヴァチカ、何かお菓子の作り方になってるような」


「ああ、アナイナと一緒にクイネにお菓子の作り方教わったから……じゃなくて!」


 上手く話を逸らしたと思ったのに、あっという間に戻ってきた。


「プレーテ大神官だって変わったじゃないか」


「町長のは存在自体が変わっちゃうんでしょう! プレーテ大神官や僕たちのように元々闇の要素があったわけじゃない!」


 珍しくマーリチクが血相変えて怒鳴ってる。


「人格などが変わってしまう可能性もあるのに、それをワタシたち以外に相談もしないで一週間失踪する、と言われても無理があります」


 スヴァーラも?


「……相談せずにされるよりはよほどマシだ。だがな、町長クレー


 ティーアが来い来い、とぼくを招くので、ぼくが頭を寄せると、その指がぼくのおでこをべしんと弾いた。


 ……結構痛い。


「お前、どうなるか分からないけど変わってくるから一週間よろしく、と言って、この町の誰が納得するんだ」


 これでも真実を話す人は選んだつもりなんだが。


 ぼくが精霊神の分霊と知っていて、闇と光の抗争を知っていて、フォンセが知っている。この五人しかいないでしょ。


 闇の精霊神の存在自体知らないアパルやサージュ、フォンセが闇の精霊神と知らないアナイナやシエルには言ってない。


 ぼくはやるつもりですよ、という顔をして五人を見ているぼくに、ティーアが片手で顔を隠した。


「俺たちに言うってことは、アパルやサージュの許可は取ったんだな」


 はい取りました。あの二人の同意は早々に。


「……なんて説明した?」


「回答する義務はありません」


「適当なことで誤魔化した?」


 誤魔化してません。一週間ばかし知らない場所にいてみたい、テイヒゥルとエキャルは連れてくから、と言いました。そうしたら渋々ですが許可してくれました。


「嘘は言ってない、だけど肝心なことも言ってないって顔だな」


 ティーア、耳、耳はやめてください。引っ張られると痛いんです。


「それ以上言えないだろ?」


「当たり前だ。と言うか、お前が最近激務続きだったから休暇を与えたつもりだったんだろう。仮に概念だけでも言ったらあの二人は絶対止めに入る」


「町長の姿形はおろか中身が変わってしまうかもしれないってのに、あの二人が黙ってるわけねーだろ」


「あたしたちは今の町長が好きなんだよ? 変わるなんて嫌だ」


「ワタシも恩人が変わってしまうなんて認められません」


「第一、何で町長がそこまでやらなきゃいけないんだよ。僕たちも出来ることなら」


 精霊に話して翻意してもらうことは多分ぼく以外には出来ません。


「その方法を試す前にこっちに相談してほしかった……」


「それは本当ゴメン。やってみたら出来たんで、続けてたらフォンセにストップかけられたから。グランディールに闇の領域を増やすのに相談しなかったのは本当に……」


「グランディールはお前の町なんだからお前のしたいようにすればいい」


 ティーアがぼくを睨んでいる。


「だけど、お前はグランディールの町長だ。お前がいなければグランディールはグランディールじゃない」


「無事戻ってくるつもりは満々なんですが」


「肉体とか精神とかよく分からんが、かなり乱暴なやり方にしか思えないのは俺だけか?」


 多分、みんな同じこと思ってるけど。


 もちろん失敗の可能性は高いし、悪い結果が出る可能性も高い。


 だけど、フォンセが知を尽くして探った手段の中で、限りなく短い時間で限りなく成功率が高く限りなく最善の効果を出すのはこれしかない。


 それがぼくとフォンセの出した結論だった。


 そのことを説明すると、全員頭を抱え込んでしまった。


「いや……フォンセの領域を増して、光に偏り過ぎている町をちょうど真ん中あたりに持ってきたらどうなるか、気になるのは分かるよ。分かるんだ。フォンセの目的も光と闇の調和の取れた世界にして、の大陸滅亡を回避したいんだろ? その実験としてグランディールを使ってるんだろ? それはいいよ」


 ラガッツォが何とか体勢を立て直して言ってくる。


「だけど、町長がいなくなったらグランディールはダメになるんだよ! そう言う実験は自分でやるもんじゃない、おれたちの誰かから選んでやるべきなんだ!」


「だって、精霊見れないし、意思疎通できないし」


「でも最初から闇の部分があるだけ、安全だろ!」


 町長怒られてます。散々怒られてます。こうなったらもう小さくなるしかありません。

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