第112話・逃走準備(アナイナ視点)

 と。


 なんとも乙女チックなことをしておいて、わたしは部屋の中に引っ込む。


 さりげなく小鳥の脚に触れた時に爪でむしり取ったものを掌でほぐして開く。


 小さな小さな紙。


 そこにはいくつかの数字が書いてあった。


(OK)


 わたしは表情にも態度にも出さないよう苦労しながらポッケの中に紙を入れ、今度はお布団をお日様に当てる。


 計画の行動リーダー、「動物操作」スキルのティーアが小鳥に持たせた連絡。数字は暗号で、意味は町の中に入った、次は〇〇刻に連絡するというもの。


 この作戦には、かなりの人数が関わっている。わたしが体を張る作戦だから、お兄ちゃんが心配して、そして周りの人も心配して色々協力してくれた。


 使えそうなスキル持ちの人はみんな我先にと手を上げてくれた。


 その他の人たちも、クイネ師匠とか、パン屋のアルトスさんとか、みんなわたしを応援して、励まして、心配してくれた。


 この作戦は、グランディール中の人たちが気にかけてくれている。お父さんお母さんと、みんなと一緒に無事に町に帰ることで、やっとみんなに頭を下げられる。


 だから……絶対、成功させる!



 それから二日、何事もなく。


 四日目に、動きがあった。


 子鼠が持ってきたメモ帳の暗号に、「今晩十一刻決行」と書いてあった。


 町への侵入及び内部調査が上手く行って、あまりにも何事のなさに見張りの目も緩んできて、いよいよお父さんとお母さんを連れ出せる準備が出来たって意味。


 よし。


 やる。やってやる!


 お兄ちゃんが教えてくれた、表情の隠し方。


 心の中で、仮面を被るんだって。


 お兄ちゃんはよく町長の仮面を被ると言った。心の中で、理想の町長を思い描き、その仮面を被るんだって。


 じゃあ、今私が被るべきは?


 純真な女の子の仮面。お父さんお母さんと一緒にいたくてたまらない、何も企まず大人しい女の子。よし。


 わたしは夕食の用意を始めた。


 小さい頃からの習慣で分かっていたけど、十一刻はお父さんもお母さんも寝ている。十一刻になる直前くらいに起こさないと。


 サージュはお父さんやお母さんにスキルの何かが仕込まれているかもって言ってた。だからヴァローレも来ているんだけど、その時はその時。それはわたしの考える仕事じゃない。わたしがやるのは、お父さんとお母さんを連れ出すこと。それさえうまくやればいい。


 家族のために夕食を作っている女の子の顔をして、美味しい料理を両親に作ってあげるって女の子の顔をして、何もない一日の終わりにする。


「クレー、いつ頃来るのかしらね……」


 わたしは「帰ってこないよ、エアヴァクセンにお兄ちゃんが来る時はエアヴァクセンを潰す時だもん」と答えた。言葉は声にならず、口をパクパクさせるだけ。


「そうね、あちらの仕事が忙しいのであれば、なかなか来られないしね……」


「それにしても本当にアナイナの料理は美味いな。スキルが料理系なのかもな」


「いやだ、まだアナイナのスキルは半年くらいかかるのよ」


「美味しいって言ってくれるなら、嬉しい」


 わたしはニコニコ笑ってスープのお代わりをよそった。



 そして、夜。


 わたしはひっそりこっそりと荷物をまとめ始めた。


 町の奥の方、裏通りの更に裏、知らない人だったら迷いそうな場所。ううん、多分、迷わせるため。町としては特に重要じゃないけど、居なくなられると人数的に困る人たちを町から逃がさないために、SSランクの町とは思えないほど寂れた住宅地があるんだって、分かるようになった。


 お父さんとお母さんは、もうベッドに行った。


 十一刻がじわじわと迫っている。


 わたしはそっとお父さんたちの寝室に入った。


「お父さん、お母さん」


 そっと揺すると、お父さんが薄く目を見開く。


「……アナイナ?」


「お母さんも、起きて」


「……ん……?」


 起きたお母さんも、わたしの真剣な顔に気付いたらしく、寝間着のまま居間に来て、まとめた荷物を見る。


「まさかアナイナ」


「逃げよう」


 わたしは小声で告げた。


「この町に、お父さんもお母さんもいなくても何の問題もない。そして、ここにいるとお兄ちゃんに迷惑がかかる」


「アナイナ……お前の一件は偶然と幸運の賜物たまもので、本当はSSランクの町から逃げ出すなんて無理なんだよ……」


「大丈夫」


 わたしは二枚の紙を取り出した。


「名前と印を」


 町を出て放浪者になるという届け出だ。


「いや、放浪者になるのは……」


「大丈夫。町を離れるのにこれが必要なだけ。・・・・・・・・・・・……」


「……お前たちの町が、受け入れてくれるというのかい?」


 それも言えない。けど、お父さんは察してくれたようっだ。


「私たちはこの町で終わるのが幸運と思っていたけれど、子供の人質に使われるのは御免だからね……」


 お父さんは書類に印を押して名前を書いた。


 お母さんも、不安そうな顔でお父さんを見てたけど、覚悟を決めたらしく、名前と印を記す。


 それとほぼ同時に、外からドアのノックの音がした。


「だ……」


「シッ」


 コンコン……コンコン、コン、コンコン……。


 決まったリズムのノック。


 わたしはドアを開く。


 笑顔のナーヤーさんが顔を見せた。元ピーラーの手下で、彼女が仕込んだスキルアイテムの居場所まで確実にたどり着けるスキル「跡追い」の持ち主。ピーラーに見捨てられてひもじい思いをしていたところをお兄ちゃんが助けに行ったって人。


「・・・・・・」


「準備は出来た?」


 わたしは小さく頷いた。

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