第450話・精霊と嘘

「しっかしなー」


 ラガッツォが天井を仰いだまましばらく沈黙。


 呼吸を止めて、たっぷり十秒。そして息と言葉を一緒に吐き出した。


「世界の真実、なんて知りたくなかったよ」


「ぼくもだ」


 ラガッツォの気持ちはよーくわかる。


 ぼくだって普通の人間として生まれて一般人として生きていきたかったですよ。世界の存亡なんて関係ないところで平和に生きて平和に過ごしたかった。


 でもこうして関わってしまったからには、全力を尽くして世界が生き延びる道を探すしかない。


「とりあえず、グランディールが何処へ行っても住みやすい、どうすればそうなる? って聞かれるようにすればいいのか?」


「うん。他の町がグランディールを真似すれば助かる、と思えば」


「でも、おれたちにそんなことできるのか?」


「聖職者の能力は変わってない。忘れられただけで」


 スキルそのものは闇の精霊神が仕込んだ。だから、も手出ししにくいことがある。特に、最初からあるスキルは。


「フォンセはぼくが世界を何とかしたいと言ったら、フォンセは色々教えてくれた。聖職者はフォンセが人間に仕込んだ第一にして最強のスキル。光あるいは闇の神に仕えると同時に、の力を持ち、互いの力を中和することのできる存在……つまり弱いながらも対の二柱と同じ力を持ち合わせ、二柱の代わりをすることが出来る、らしい」


「そんな力が、あたしたちに?」


「うん。バランスを守るのが対の神とそのしもべの役割だから」


「だけど、それだったら闇の聖職者もいるはずだけど」


「あー、それなんだけど……フォンセが言うには、が闇の精霊神の存在を徹底的に隠蔽いんぺいして、悪神、破壊神のように扱って、闇の聖職者が生まれなくした……生まれてもスキルが判明した時点で追放されたり、嫌な話をするとその場で邪悪な者として殺されたりしたんだそうだ。だから、もしかしたら、放浪者の中に闇の聖職者はいるかもしれないけど、フォンセ曰く「私自身が大陸にいなかったのもあって、彼らはかなりねたりねじくれたりしてるから、いきなり協力してくれなんて言っても逃げられるか抵抗されるかするだけよ」だそうで。そうであるからには、光の力を町にもたらす聖職者が、その力を減らし、あるいは与えられたの力で弱体化させて、闇の力が付け入るスキを与えなきゃいけないらしいんだ」


 はフォンセが言うように変質しつつ力を減らしている。力を取り戻しつつあるフォンセに確実に勝つには、まず、闇の影響下にある場所を奪還すること。幸い、大陸の四方は闇が覆っているので、まず四方……魔獣凶獣が闊歩し、人間がに至るのを止める闇の地域を狙って来るだろう。


「つまり、大陸中央……人間の住む地に光の精霊神様が影響を与えて来るのは……四方を解放してから?」


 マーリチクが恐る恐る聞いてくる。


「だと思う。闇の影響を少しでも減らせば、ぼくの消失とフォンセの強化で不利な条件が揃っている戦いにも勝機が見えて来るから」


「来るのは、やっぱり……?」


「狙うはオヴォツかグランディールか。オヴォツは町民がそうと知らなくても、大陸で唯一の闇の支配する町。でも「実りの町」なんて呼ばれるほどに豊かな恵みを与えられていて、それを不思議に思われている町。そしてぼく光の分霊がいて、聖職者が……四人じゃないか三人だ、三人いて、完全に光の下にあるはずなのにフォンセがフラフラやってくるグランディール。どちらを狙ってもフォンセは現れる」


「う~ん……つまり、フォンセはそうなる可能性を見越して、待てを破ってでも警告に?」


「うん。光と闇の喧嘩は大陸に大きく関わってくるから」


「闇の精霊神がグランディールを騙そうとしている可能性は?」


「本人も言ってたけど、あれだけおもてなしを楽しみにしているフォンセが自分からそれをぶっ壊そうとすることはないよ。ぶっ壊すとしてもおもてなしを受けて、本当に気に入らなかった場合だ。それもぼく光の分霊がいるから、何かあればはすっ飛んでくると分かってる。それに、フォンセは本人から聞いた限り、大陸の破壊って言うより光がバランスを崩すのを止めたいみたいなこと言ってるし」


「信じられるのか?」


 ティーアが低い声でたずねてきた。


「フォンセ……闇の精霊神は光のそれよりはマシなのだろうと理解はできた。だけど、あいつが本当に本心を語っていると言い切れるのか?」


「言える」


 ぼくも真っ直ぐティーアを見て言った。


「基本的に、肉体を持たない存在は、偽りごとが言えないんだ。嘘とか本当じゃないこととかを言うと、存在が揺らぐ。嘘って言うのは肉体を持った存在の特権なんだ」


「フォンセは肉体を持っているだろう。光のだってお前の肉体に宿ったりしていた。その状態なら」


「嘘はつけるね、うん。……でも」


 ぼくは一息ついて、言った。


「肉体を持っているから嘘をつける、わけじゃない。精霊にとって、嘘は自分を歪める一番の禁忌だから」

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