第482話・闇の精霊神は煽る
(わ、私は恐れてなど)
(嘘おっしゃい)
フォンセは笑い含みに言う。
(わたしだったら怖くて仕方がない。人間でありながら精霊を傷付けられる者なんてこの大陸に命を生み出してからの歴史でも稀有なる存在なんだから)
(わ、たしに、恐怖、など……そもそもこれは、私が生み出したもので)
(ここに来るにも聖職者を脅して自分が一番って自信をつけないと来れなかったんでしょう? 痛い目に遭うのが怖かったんでしょう? それによって大陸でもっとも偉いと言えなくなるのが怖いのよね?)
クスクス笑うフォンセと、何も言えない明るいの。
(自分と同等の存在であるわたしすら抹消しようとしたあなたが、自分を傷付ける……、そう、超える存在がいるなんて耐えきれない。でも、もし本当に自分を超えているのなら、抹消すらできない。それが許せない。それが認められない。自分の思い通りにならない存在を生み出したことを認識したくない。だから目を逸らし、強く出ようとした。そうじゃない?)
(ほー。ぼくに攻撃する勢いを作る為に大事な三人を脅してくれたのか)
(だ、大事、だと?)
(大事に決まってるだろうが。ぼくの大事な町民だぞ? ぼくに力を貸してくれる大事な仲間だぞ? それを脅した? 脅してくれた? 許せるはず……ないだろうがあ!)
ついつい怒りが爆発する。
銀色の炎は小刻みに揺れている。笑いを堪えて肩が震えてるって感じだな。金色の炎も小刻みに揺れている。こっちは笑い以外の何かを堪えているように見える。例えば屈辱とか。
朝一番から怒りを爆発させて、こちらは頭に血が上ってます。
(それ以上用がないならさっさと失せろ。ぼくが怖いって言うなら余計にだ。ぼくだってお前の調子乗りに付き合う暇はないし、朝っぱらから本気でキレるのは御免だ)
金色の炎はふるふるっと震えて、しゅっと消えた。
(行ったか……)
肩から力が抜ける。
ベッドに座り込みながら、ぼくは銀色の炎に謝意を送った。
(フォンセが煽ってくれなかったら、あんにゃろはまだ居座ってただろうから)
(基本的にあいつは夢の中ですら人間の前に姿を現さないって言う存在だからね。それが直々にやってきたとなれば、私の意思を伝える好機でもあったし。おもてなしのお礼の一割と思ってもらえればいいわ)
(一割?)
(嬉しかったからね)
フォンセは笑う。
(町も、ケーキも、タルトも、みんなも。あいつの下にありながらもわたしを受け入れてくれたヴァチカも、あの二人も、わたしの話を真面目に受け入れてくれたアナイナも)
それから、しばらく今フォンセがやっていること……闇の拠点を広げたりしてあんにゃろに対抗している状況を教えてもらったりして、フォンセは消えた。言葉を残して。
(アナイナには、ちゃんと勉強しなさいって言っておいて。多分そろそろわたしに会いたいとか言い出すと思うから)
(アナイナが? まさか)
(わたしだって神の端くれよ? 少し注意すれば人間の思考回路だってわかるわ。落ち込んでたら頼りにしてるって慰めてあげて。あの子、ちゃんと疑問に思ってそれを調べるって習慣を身に付ければ伸びるわ。あなたの次に期待してるのがあの子なんだから)
(何が? なんでアナイナ?)
(あれから離れて別の何かの下についた聖職者って、大陸始まって初めてなのよ。期待するなっていう方が無理でしょう?)
あ~。そう言うことか。
闇と全面的に手を組むことはない。
だけど、敵の敵は味方……とは言えないけど、手を組む価値はある相手。
(全面的にフォンセの味方、と言うわけじゃないよ。こっちは)
(それでいいわ。そうあるべきよ)
フォンセにあんにゃろが入り込まない限り来ないでほしい、と伝えて、フォンセは消え、ぼくは結界を解いた。
慌ててテイヒゥルとエキャルラットが飛び込んでくる。
エキャルは肩に乗っけしてぐりぐりぐり、とぼくの頭にすりつく。テイヒゥルは足元まで来て、何度もぼくの足にごっちんごっちんと頭をぶつける。
「ごめんなー。怖かったろ。もう大丈夫だからなー」
フォンセを恐れるのはあんにゃろに生み出された生命の本能、と言っていい。ぼくもあんにゃろに生み出された生命だけど、どうやらぼくは例外らしい。
こん、こん、と控えめなノックの音がした。
ぴん、と来て、「はい」と返事をする。
「クレー?」
ああ、やっぱり。ドアを開けると顔色を変えたティーアがいた。
「何かあったか?」
「鳥部屋で何かあった?」
「鳥が酷く浮ついていた。その後怯えてもいたからな。まさかとは思うが……」
ぼくはもう一回結界を張り直してティーアを部屋に入れる。
「まさかとは思うが……信じたくもないが……両方、来たのか?」
さすがティーア、伝令鳥の様子をよく見ている。
普通、町長の部屋に光と闇の精霊神が本体で現れていったなんて思いやしない。
本人も言う通り、信じたくはないだろうけど。
でも。
「両方来てった。来たのと帰ったのはあんにゃろが先だけど」
ティーアは頭を抱えて座り込んだ。
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