第359話・大陸に関わる何か

 ぼくは震える手で紙に手紙を走り書きしてエキャルの首の封筒に入れた。


「ペテスタイの……ライテル町長に、この手紙を」


 エキャルがこりんっと首を右に傾ける。


「スヴァーラさんへの手紙は、後から書くよ。今はとにかくライテル町長に」


 こくりっとエキャルは首を縦に振った。


「頼んだよ」


 ゴメン、エキャル。オルニスの所から帰ってきたばかりだって言うのに用事を頼んで。


 でも、どうやら大変なことが起こってるらしくてそれを広めたらパニックが起きる可能性大で、知られずに情報を集められるのは今のところペテスタイしかない。


 誰もいないのを確認して外の水汲み場に出て顔を洗う。何度も何度も。水の冷たさで顔が引き締まるまで。


 そして、会議堂に居たアパルに「ペテスタイに行ってくる」と言って、町を出る。


 ペテスタイの警備の人がぼくを見て笑顔で一礼して、それから不思議そうな顔をする。


 ぼくの顔が青いのに気付いたんだろうな。


 頭を下げて、ペテスタイの門を開いてもらう。


「クレー町長!」


 ライテル町長が待っていた。


「急ぎで重要な話があるとは……何事でしょう?」


「とりあえず会議堂へ……そこで聞きたい話があるんです」


 ぼくの表情を見たんだろう、ライテル町長は頷いて、連れ立って会議堂へ向かう。



     ◇     ◇     ◇



「どうぞ」


 厳しい会議堂に通され、お茶が運ばれてくる。お茶を運んできた女性が一礼して出て行ったのを確認して、ライテル町長は厳しい顔をぼくに向けた。


「グランディールの民には極秘のことで話したい……と言うことでしたな」


「ええ」


 ぼくはスヴァーラさんからの手紙を差し出した。


「読めますか」


「ふむ……現代の言葉ですか」


 難しい顔をするライテル町長。


 五百年間大陸から切り離されていたペテスタイ。会話は通じても文字はかなり違っているらしい。


「じゃあ、要点だけ読み上げます」


 ペテスタイの人たちは知らない、三百五十年前に完成し、五十年前滅んだ町ディーウェスを簡単に説明して、かつてのペテスタイよりも信仰心が篤かったという町の滅んだ理由と、滅ぼした黒い炎の話をした。


 読み終わり、血の代わりに暖を取ろうとまだ熱の残るお茶を飲む。


「黒い……炎」


 ライテル町長も青ざめる。


「御存知でしたか……闇の精霊神を」


 同じく熱いお茶を口につけるライテル町長。


「五百年、精霊神の傍に居て、聖地と大神殿の行き来を任せられていたのですから」


 そう、聖地に住む人たちを守る役割を課せられていたペテスタイ。何から守るかを知らなければ彼らも守りようがない。だから闇の精霊神のことを聞かされていると思っていたけど、案の定だ。


「闇の精霊神は黒い炎の姿を取り、人間を闇に染めることを目的としている。故に我々は身を賭して聖地の者を守らなければならないと……そう言われました」


「では聞きます。闇の精霊神……あるいはそいつの下にいるような精霊が聖地に来たことは」


「闇の精霊神は、間違いなく来ておりません」


 ライテル町長が言い切った。その言葉に、少しホッとする。


「ただ」


 ライテル町長は難しい顔をしたまま言葉を続ける。


「ただ?」


「魔獣や凶獣は、いつからかは分かりませんが、明らかに聖地でも増加の傾向にありました。我々の祭り時以外の主な仕事は、魔獣や凶獣の殲滅せんめつにありました」


「つまり……闇の影響が、明らかに聖地にも来ていたと?」


「……はい」


 熱いお茶で戻ってきたと思った血の気がまた引いた気がした。


「……じゃあ、このディーウェス滅亡も、闇の精霊神、と言うことに」


「なるでしょうな」


 本当は、否定してもらいたかった。


 それはぼくの考えすぎだと。闇の精霊神やそれに従う者はそれほど力を蓄えてもいないと。


 だけど、現実が突き付けられる。


 闇に染まった精霊たちでも、上に立つ存在と同じ姿は取れない。光の精霊や精霊小神に炎の姿を持った精霊がいないように。


 なら、ディーウェスに現われたのは紛れもなく闇の精霊神。


 黒い炎の姿を取るのは闇の精霊神のみ。炎が精霊神の本性。そして、光の精霊神の守護が篤かっただろうディーウェスの民から精霊神を少しでも疑い逃げた人間だけを守る、そんなひねくれた思考回路の持ち主なんて闇の精霊神しかいないだろう。


「なら……」


 言葉か喉から勝手に出ていた。


「少なくとも五十年前からそんな状況なのに、自分の一割を削るという真似をしたのは、どうして……?」


 ライテル町長の言葉も呻きに近かった。


「精霊神のやることは今一つ分かりませんからな……」


 人間に分かる精神構造をしているなら、ぼくは生まれてないしペテスタイは五百年も囚われてない。


 だけど。


「北、南、東は人が立ち入らなくなって久しい……西はついこの間、聖地への道でもあるのに人は引き上げた……」


「と、言うことは」


 ティーポットからお茶を注ぎながら、ライテル町長は苦々しい顔で呟いた。


「大陸から逃げる道は、なくなったと」


「そうです」


「我々は空飛ぶ術を知っているからいいようなものの……。闇の精霊神の侵攻で敗北が確定した時は、光の精霊神がかかわるもの以外は滅亡と言ってもいいでしょうな」

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