第140話・疲れ果てて、宿

 さて、展示会が行われるのは三日間。


 その間、スピティがスタッフの面倒を見てくれることになった。


 最初は宿代や食費などちゃんとお金を払う約束だったんだが、ミアストとの一件で、フューラー町長の出方が大きく変わった。


 一番下のスタッフが泊る予定の下の上宿に戻ろうとしたらスピティの役人が追ってきて、「こちらの宿になります、荷物は責任を持ってお運びいたしましたので」と中の上の宿に案内されたという。


 ぼくやアパルたちやアイゲンとその直属スタッフなんかは、もう上の上、特上の宿になった。最初はぼくたちで上の中だったのに。


 さすがにこれは金を払いきれない、とフューラー町長に言った。そしたら。


「これはスピティだけでなく、参加したほぼすべての町からの支援ですな。ほぼ全てから外れた町へ対しての啖呵を皆が相当気に入ったらしい」


 どうやらミアストを口で負かせたことで、エアヴァクセンに痛い目にあわされた町が感謝の代わりにと食費や宿泊費を持ってくれることになったと。


 ……もちろん、裏はあるだろう。


 自分の町がヤバくなった時「あの時助けてやったじゃないか」と援助を求めて来たり、人材を求めて来たり、果ては血生臭いことがついて来たりする可能性もある。


 だけど、ミアストはぼくの敵。


 他の町の町長もミアストの敵。


 つまるところ、敵の敵は味方。


 そう割り切ってありがたく受け入れることにした。


 好意を蹴って敵を増やすのも避けたいし、ここで得た縁は相手方だけじゃなくグランディールやぼくにとっても良いことになるかも知れないし。


 嫌な相手に不快な思いをさせられたら、人の好意に甘えよう。町長たちもミアストに嫌な思いをさせられていて、ぼくがミアストに恥をかかせたことで好意を持ってくれたんだろうし。


「ふはあ」


 ベッドに飛び込んで息を吐く。


「食事は部屋に持ってくるよう言うよ。さすがに食事の為町長の顔をすると疲労も取れないだろうし。消化にいいものを頼むよ」


「ありがとう~」


 顔をベッドに埋めたまま答える。


 正直疲労が激しい。昼食も話をしながらだったから、正直休憩時間はほとんどなかった。せっかくの休憩時間もミアストが邪魔してくれたし。


「これがあと二日続くのか~……」


 うんざり声に、アパルが笑いながら返事してくれる。


「でも、今日の一件で各町の町長からの印象がかなり変わった。ミアスト以外はきっと町長クレーに好意を持ってくれた」


「それは嬉しいんだけどね~……」


 うん、好意を持ってくれたことは嬉しいんだ。


 今日一日で話した町長たちはぼくを試している節があったけど、最後の一刻……ミアスト事件の後から話をした町長たちはにこやかでぼくを大したものだ、傑物だと褒めてくれた。中には「あの啖呵お借りしてよろしいか」なんて笑いながら言ってくれる町長もいた。使用料はいただきますよ、と言うと、もう大笑いしながら肩をバンバン叩かれた。


 一日目を終わらせたときは、各町長たちが笑顔で「今日はいい話が出来ました」「会談の時を待っていますよ」と挨拶をして行った。


 だから、一日目はほぼ大成功。


 だけどあと二日あるんだよあ~と。


 ミアストがもし戻ってきてまた話を蒸し返したらどうなるかな~と。


 考えると気分が重くなるんだな~と。


 そういうことを考えていると疲れが取れない。本当に。


 そこにノックの音。


 アパルが小さく体を動かしてぼくとドアの間に挟まり、サージュが応える。


「何か?」


「お食事をお持ちしました」


「ありがとう、そこに置いてくれ」


「はい、では失礼します」


 さすが最上級の宿、客の要望に嫌な顔一つしない。


 足音が去っていくのを確認して、サージュが小さくドアを開け、そこに置かれたカートを見て、確認して中に入れる。


「美味そうなパンかゆだな」


 サージュがひょいっと手を伸ばし、小さなパンの欠片を自分の口の中に放り込む。


 じっくり噛んで、飲み込んで、しばらくして、パン粥はぼくの所に来た。


「……そこまでするほど必要?」


 毒見だってのはぼくでも分かる。


「ミアストを完全に敵に回したからには、な」


 確かに、町相手に詐欺を仕掛けているミアストだ、敵になったぼくをどんな手段で害しようとするか分からない。


 ヴァローレがいればいいんだけど、彼は数少ない「鑑定」持ちなので、ミアストのような詐欺やピーラーのようなクレーマー相手のスタッフをフォローしてもらうためにぼくの傍からは離れている。宿も他のスタッフと一緒。傍に居て欲しかったけど、ヴァローレのスキルがバレるとミアストがスカウトしてきそうだしそれは御免だってヴァローレ自身も言ってたので、注目を浴びないために今回はお別れ。


 だからアパルとサージュが努力してくれてるんだけど、二人も疲れてるだろうに、ぼくの相手をさせて申し訳ない……って思う。


 二人は文句ひとつ言わずぼくのフォローをしてくれる。申し訳ないとありがとうがいっぱいだよ。


 どっこいしょ、とヒロント長老みたいな声で体を起こし、ベッドに座ったままパン粥をすする。


 あ、このパン粥、薄甘くって美味しい。さすが特上の宿。


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