第139話・返す言葉は

「クレー・マークン!」


 半ば悲鳴のようなミアストの声に、ぼくはもう一度足を止める。


「君がかつてエアヴァクセンにいたあのクレー・マークンであるならば、私を尊重せねばならない! そうすればエアヴァクセンは高い地位を君に与えるのだぞ!」


 こっちが本題だな。だけど、ぼくは既に言葉を作っていた。


「確かに私はクレー・マークンという名ですが」


 チラリと振り向く。ぼくの翡翠の目……あの日、希望から絶望へと叩き落とされた青い目じゃない……が、ミアストを捕えた。


「エアヴァクセンとは何の関係もございませんし、……エアヴァクセンがいかにSSランクとは言え、今の私以上に高い地位など与えられますまい?」


 そう。今のぼくより高い地位は、Bランク以上の町長の座しかない。


「どうやらミアスト町長に置かれましては寝不足の御様子。今一度お眠りいただいたほうがよろしいかと」


 寝言は寝て言えを、丁寧に言うとこうなる。


 ぼくはそのままドアを抜け、くつくつ、という容赦のない忍び笑いに満ちた展示室をドアを閉めることで切り離した。



 そして。


「ふへえ~っ」


 そのままそこにしゃがみこんだ。


「おい、大丈夫か」


「ほら、飲んで」


 ワインを渡されて、ぐっと飲み干す。そして、アパルとサージュがぼくを囲んでいることにやっと気付いた。


「……聞いてた?」


「聞いてたとも。ドアの隙間からな」


「よくやった。町長、よくやったよ」


 アパルが軽く背を叩いてねぎらってくれる。


「大したもんだ。あの場であそこまでミアストを追い込めるとは」


「町長の仮面のおかげ」


 グランディールの民でも初期……つまるところ元エアヴァクセン盗賊団と元スピティ盗賊団だった町民は、ぼくが町長の仮面というものを、物質としてではなく精神的なものとして、公式の場で使っていることを知っている。元ファヤンスはそれを知らない人が多いので、時々、町長が二人いるように感じる、と言われることがある。ぼくの中でも普段のクレーと町長のクレーは切り離されているので、特に否定はしてないけど。


 サージュがそっと身を潜めてドアの隙間を作る。


 展示会場である大会議室では、和やかな商談や会話が行われて……は、いなかった。


 ひそひそと小声で交わされる会話。


 アパルがサージュの下に入って耳を当て、ぼくは一番下から聞く。


「いやあ、若造と思っていたがあの町長、なかなかに痛快ではないか!」


「全く。我々が言いたくても言えなんだことをあっさりと言い切ってくれましたからね」


「あの、「ミアスト町長に置かれましては寝不足の御様子。今一度お眠りいただいたほうがよろしいかと」という啖呵たんか! なかなかに心地いい!」


「あの若町長の実力を見抜けなんだということは、「鑑定の町」の評判が落ちつつあるのも本当かも知れませぬな……」


 わざと聞こえるようなささやき声。ミアストは辺りを見回してギッと歯を食いしばる。当然、笑いものだ。今回の主役であるぼくに面会を強制して蹴られればね。


 それに「鑑定の町」の評判が落ちてきているのも分かってるんだろう。おまけにミアストがスピティでやったように詐欺行為を、他の町にも仕掛けていたらしく、町長のほとんどはぼくの味方。というか、呼んでくれと言って来た町や宣伝鳥を飛ばした町の中にはエアヴァクセンが半ば無理やり参加を希望したことを聞いて、「大変失礼だが」と断られたところもある。


「この話を聞けば、グランディールの評判は上がるでしょうな」


「アイゲン陶器商会長様、良い町長を仰がれた」


「ファヤンスを見限ってクレー町長に賭けたのですよ。そして私は、賭けに勝ったようです」


 取り引きのまとめをしていたアイゲンも笑顔で言う。


 その笑顔もめいっぱいミアストの気に障ったんだろうけど、ここで暴れればここに集まったすべての町長にそっぽを向かれることは理解している。肩を怒らせ、配下を連れて展示場を出て行く。


「やれやれ、これだけの恥をかいても失礼の一言もないとは」


「恥知らずとはまさにこのことですな」


「我々にあのようなことをしておいて、よくもまあ、白々しく顔を出したものだ」


 ミアストは恐らく誰かが呼び止めてなだめてくれることを期待していたんだろうけど、だーれもミアストを呼び止めない。それどころか追い打ちをガンガンかけている。


「さて、明後日の面会時間までミアストはスピティに留まるかな」


 隙間を閉めて、サージュが悪い顔で言う。


「留まったら図々しいと言われるね」


 アパルも悪い顔。


「このまま帰ってくれたら感謝だ。その分時間が余る」


 ぼくも多分悪い顔。


「これでミアストは直近どころか遠方にも味方になる町はないと思い知っただろう。どう考えても自業自得だが」


「いや、嫌われてる嫌われてると思ったけどあそこまで皆に嫌われてるとは、多分思ってなかったんじゃないかな」


「SSなら何でもやれると勘違いしていた報いだ」


 ぼくはニヤッと笑って吐き捨てた。

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