第141話・即売会

 パン粥を食べてから泥のように寝込み、気が付いたら朝だった。


 何だか怖い夢を見たような気がするけど……頭の中が霞がかって思い出せない。


「起きたか」


「……んー……」


 まだ……何かはっきりしてない。ここは……どこだっけか。


「おい、しっかりしろ、町長クレー


 揺さぶられるうちに、バラバラになったパズルのような頭の中が整理され、パーツが正しい位置に置かれたような感覚がして、やっと我に返れた。


「ええと……ぼくはクレー・マークンで……グランディールの町長で……ここはスピティの宿で……」


「おいおい、意識が飛んでたのか」


「まあ、政治初心者が仮面有りとはいえ昨日の難局にぶつかったら、意識も飛ぶだろ」


 呆れたサージュに応えてアパル。うん、間違いなく意識が飛んでた。今日もこれが続くかと思うとそのままベッドにインして眠り続けたいという欲望が頭をもたげてくる。


「時間はあとどれくらいある~?」


「一刻半はあるかな」


「寝直す~……」


「ダメ」


 そのままベッドにインしていこうとしたら、寝巻の首を掴まれて、無理やり起こされる。


「今寝たら絶対夜まで起きないだろう」


「ほら、水を用意してもらったから、顔を洗いなさい」


 う~……このまま寝てしまおうという秘かな企みが阻止されてしまった。


 桶の水で顔を洗って手拭いで拭き、そのまま桶を覗き込む。


 相変わらず赤金色の髪と翡翠の目。原型の栗色の髪と青い目はそこからは分からない。


「この色、戻るよね?」


「ていうかグランディールで何回も変えたり戻したりしてたじゃないか」


 今は黒髪黒目のサージュが呆れ声を出す。


「いや、やっぱりこの色、ぼくに合わない」


「合ってると思うが?」


「いや、合ってるのはグランディール町長クレー・マークンの方。普通の人間としてのクレー・マークンにはやっぱりあの髪と眼がいい」


「じゃああと二日はそのままだな」


「……今日入れて二日かあ……もつかなぼく……」



     ◇     ◇     ◇



 今日は展示会が始まる前に、目の前の大広場でやっている即売会を見に行くことにした。……現実逃避というなかれ。せめて気分を盛り上げないとどうにもならないんだ。


 即売会の方はある程度人が集まったらフライングスタートしてもいいって言ってあったんだけど、結構朝早くから見に来る人がいて、早々に始めてしまったらしい。


「ポトリー」


 元気よくあちこちに声をかけていたポトリーに声をかけると、彼が振り向く。


「ちょ……おっと、主殿あるじどの


 町長、というと混乱が起きそうなので、しばらく考えてから「主殿」という呼び名を作ってきたポトリー。


 彼がこの即売会の総責任者だ。


 陶器を作るスキルはあれど上限もそれほど高くなく、一人では高級な陶器は作れない。それでも陶器に関わりたいと書類仕事を一生懸命やっていたのに「役立たず」呼ばわりに負けて盗賊に身を落とした彼は、グランディールになってからはその書類仕事や現場の仕事で八面六臂の大活躍、元ファヤンスの、彼を批判した職人すら頭を下げるようになった陶器責任者になった。


「売れ具合は?」


「昨日の時点で黒字だよ!」


 ポトリーは陽気に笑って見せる。


 その横でポルティアが陶器の値段を指示している。


 ポルティアは元はスピティの門番……スピティに売り込まれた家具を鑑定して相応しい商会に案内する仕事をしてたので、彼がいることでスピティの住人に安心感が生まれたらしい。わざわざポルティアを呼んで取引しているような人もいるくらい。


「羽根が生えたように売れているよ、明日の晩残っているのがいくつあるかな」


「そんなに」


「上の方は? いかがです?」


「ぼくたちは見に行く暇がなくて」


 展示会で売れたところを見ていないぼくは肩を竦める。


「アイゲンに言わせると、手応え完璧だと」


 サージュに言われてポトリーは満足そうに頷く。


「で、注意してほしいんだけど、実は……」


 言いかけた所で、ポルティアの怒声が聞こえてきた。


「なんだ?!」


「行ってみよう」


 ポトリー、ぼく、アパル、サージュで駆けだす。


 怒鳴り合っていたのはポルティアと……紫の髪が目立つ男だった。


「どうした!」


「ああ、ポトリー。この男が難癖付けてきて……」


「難癖とはなんだ!」


 男が声を張り上げる。


「俺が正しいことを言っているのに、いちいち否定しやがって!」


 ん? この男、何処かで見たような……?


「この皿は明らかにランク外だ! この土、この焼き、この絵付! 何故この値段で売るのか、理解に苦しむ!」


「この皿はDランクで間違いない! 俺の鑑定は家具だけだがその分家具に関しては間違いはない、いちゃもんをつけるな!」


「何だと、貴様……」


 紫の髪の男は興奮したような顔でぼくを見て……。


 固まった。


 ん?


 やっぱりこの顔、何処かで見たような。


 ぼくは心の中で町長の仮面をつけ、町長の顔をして、相手を見る。


 ……思い出した。


 思い出した!


 あの野郎、こんなところまで手をまわしてやがったか!

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