第142話・腰巾着
猛然とアタックしてきた男は、ぼくの顔……いや髪と眼を見て、慌てて人ごみの中に消えようとする。
でも無理なんだよね。
男のクレーマーぶりは周りの客も見ていた。どう見ても因縁をつけているとしか思えないその発言を。
だから、囲んだ人は肩を組み合って男を通さないようにする。
「ど、けよおらぁ!」
「お前、何処の町のモンだ」
スピティ住人の一人が言う。
「この町じゃ見たことがない」
「ち、近くの町の人間だ!」
男は逃げようとするが、人の壁に割って入れない。
そこへぼくはゆっくりと歩み寄った。
「近く、ね」
「そ、そうだ、近くだ」
「なら昨日からおられても何の不思議もありませんね」
「そ、そうだろ、町長が言ってるんだから不思議じゃない!」
「おや?」
ぼくは薄い笑みを浮かべた。
「私が、町長だと、誰に聞きました?」
ひくりと男の口が歪む。
「そもそも最初から私を知っているようでしたが……どちらで私を?」
「え、あの、その」
突っ込んでやると露骨に動揺する男。
「き、昨日! 即売会で!」
「昨日私がここに来たのはお客様を通す前、少なくともこの広場の外から聞こえる声で言っていた覚えはないのですが……」
じろ、じろっと集まる視線。
「それより……私も貴方に見覚えがあるのですがよろしいか」
「へ? あ、え、何処で?」
「昨日、エアヴァクセン町長ミアスト殿がお泊りの宿にいらしたような」
ひききっと、露骨に男の顔が引きつる。
「その髪の色はお珍しいのでよく覚えていますよ。で? エアヴァクセンの方がスピティで我が町に難癖付けるのは、どのような理由があってのことでしょう?」
あわっあわっと言葉を失って口を
実はこれ、引っ掛け。
ミアストの泊ってる宿なんてぼくは知らない。ただ、この男の顔は知っている。エアヴァクセンでミアストの
「エアヴァクセン?!」
「俺たちの家具にケチをつけたあの町のヤツか!」
スピティの住民の負のボルテージが一気に上がる。
男はあわあわと辺りを見回すけど、皆さん敵意を持った目で男を見ている。
そりゃあ、Sランクの家具をBランク呼ばわりして買い叩いてちょっと手を加えただけでSSランクで売り出されたら腹も立つ。険悪ムードが立ち上っていく。
「い、いや、おれは、エアヴァクセンの人間じゃなくて、その」
男は必死で言い訳するけど、だーれもそれを聞いてない。
「エアヴァクセンの……」
「あの町の……」
「あいつが……」
後ろの方で様子を伺っていた大人しい方のスピティの方々も、ひそひそ声で険悪さを伝えてくる。
にしても馬鹿だなこいつ。多分ミアストの命令で即売会をぶっ壊すつもりだったんだろうけど、やり方がこれまでエアヴァクセンが各町に仕掛けてきたのと同じ。おかげでスピティの方々の嫌悪感まで煽ってくれた。エアヴァクセンの偉いさんは相手を陥れる方法を一つしか知らないんだろうか。それともこの男……確かモルとか言ったか、こいつが頭悪いだけなんだろうか。
どっちにしろ、こっちが有利。
「エアヴァクセンの方が、我が町の陶器に、何か?」
にっこり微笑んで聞いてやる。
迂闊な発言してみろ、この場に集まったスピティとグランティールの人たちを一気に敵に回すぞ?
強気の因縁どこへやら、モルはおろおろと辺りを見回す。ミアストが傍に居れば偉そうにするけれど、自分を庇ってくれる人間、守ってくれる人間がいないところでは攻撃的なことは出来ないらしい。
「い、いや、何でもない、何でもないです、はい」
声が小さくなっていく。
「何でもないなら、即売会を荒らさないでいただけますか? この即売会では手ごろな作品を手ごろな値で売っているのですよ。そんなところで難癖をつけられてもこちらとしても困りますし」
「いえ、難癖、難癖だなんて、そんな」
「ただ、一言謝罪は頂きたいですね。安いとはいえ、職人たちが一生懸命作った陶器です。それを馬鹿にされるのは不愉快極まる」
ぼくの口元は笑ってる。でも目が笑ってないのは自分でも分かる。
「俺は元はスピティの門番だ、この俺の鑑定を疑うというのは、グランディールだけではなくスピティの目にもケチをつけることになるぞ?」
ポルティアが鋭い目でモルを見据える。
「ケチ、ケチだなんて、そんな」
「Dランクの陶器をランク外と呼ぶ、それは間違いなくケチだろうが」
「……も……」
「も?」
ぼくもポルティアも、周りのスピティ住人の方々も、モルの一挙手一投足を見逃さない目で見ている。
「……申し訳ありませんでした……」
小声で、ごにょごにょと謝った。
「どうします、皆さん?」
ぼくは顔を上げて周りを見回した。
「この辺で勘弁してやりますか? どのみちこの男は下っ端でしかない、弱い者いじめをしても気が晴れるわけでもありませんし」
「ふん! この町で二度と顔見せるな!」
「さっさと失せろゴロツキ!」
「消えてなくなれ!」
声と同時に人垣が割れて道が出来、モルは逃げて行った。
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