第143話・人気の上がる人下がる人

「あーははは! いい気味だ!」


「二度とくんなよ!」


「今度顔見せたらフクロだ!」


 逃げて行くモルの背中に容赦のない口撃こうげきが浴びせられる。


 そして。


「グランディールの町長さん! アンタいい人だねえ!」


「あんな野郎を口だけで追い返すなんざ、滅多にいないよ!」


「グランディールに精霊神の御加護あれ!」

 

 わああ、と歓声が上がった。


「済まない町長、手を煩わせて……」


「いや、気にしなくていい」


 申し訳なさそうな顔のポルティアの肩を叩く。


「どうやらエアヴァクセンのやり口は、物をおとしめて安く手に入れ、町で手を入れて別物として売り出すようだ。「鑑定」ではそんなランクには見えない」「そんな高いはずがない」とランクに難癖付けてくるようなら、エアヴァクセンの人間か確かめたほうがいい」


 ポトリーが了解と頷き、ポルティアがぐっと拳を掲げる。


 そしてぼくは大声を張り上げた。


「即売会に来てくださった皆様方! トラブルは解消しました、どうぞお買い物を楽しみ、自分だけの陶器を探して店を回ってください!」


  パチパチパチ……。


 ん?


  パチパチパチパチパチ。


 何の音?


 拍手、と気づくには少し時間がかかった。


「グランディール町長、ありがとう!」


「陶器も最高だよ!」


「来てくれてありがとうな! 買い物させてもらうわ!」


 握手を求められ、「申し訳ない、町長はそろそろ行かないと」とサージュやアパルが引っ張り出してくれるまであちこちから手が伸びてきて、応えるのに大変だった。



 会議堂に入って、ようやく息をく。


 ……間がなかった。


「グランディール町長殿、聞いたよ!」


「即売会で難癖付けたエアヴァクセンの人間を追い出した手並みが実に鮮やかだったと!」


「スピティ町民にも非常に感激されていたと!」


「全く、グランディールの民は幸せ者だ!」


「いや……どうも……どうも」


 話しかけてくる町長たちに頭を下げながら進んで、まだ客を入れていない展示会場に入る。


 アイゲンが深刻な顔でやってきた。


「エアヴァクセンがグランディールの陶器に難癖つけたと」


「ああ」


 町長の仮面を被り続けるのが辛いので、関係者ばっかのここではちょっとでも外させてもらう。


「何処でエアヴァクセンと?」


「うちの「鑑定」を否定してランク外という、そのやり口と……やっていたのが、ミアストの腰巾着だったから。だけど、ランクが違うという難癖は十中八九エアヴァクセンと思っていいかと」


「承知しました。その場合の処置は」


「エアヴァクセンか、と聞いてやればいい」


 これはサージュ。


「同じやり口で他の町に被害を与えている。だから、「貴様の正体は分かってるぞ、裏にいるヤツも分かってるぞ、それでも同じことをやればこの場の町長が全員敵だぞ」と臭わせてやれば、文句は言われるだろうけどそれ以上はしてこないだろう」


「畏まりました。丁重にお帰りいただきます」


「そうして。ミアストが直々に出てきたらぼくに連絡寄越して」


「はい」


 アイゲンは深々と頭を下げて、面会室に向かうぼくを見送ってくれた。



     ◇     ◇     ◇



 町外れの宿で、報告を聞いたミアストは顔色を変えた。


「何だと」


 目の前には、グランディールへの嫌がらせを命じたモル・フォロワー。


「グランディールとあの小僧の評判を落とすどころか、逆に上げたと……?」


 モルは青ざめて、ミアストの前で膝をついている。


「申し訳、ありません……!」


「謝って済むことと思っているのか!」


 ミアストは声を張り上げた。


「貴様がエアヴァクセンの人間だと気付かれたのか?!」


「……わたしは言っていませんが、ほぼ全員が、エアヴァクセンと確信していると……しっ、しかし!」


 モルは自分の失態を取り戻そうと声を張り上げる。


「グランディール町長がその場に来たのです! やり口が同じ、わたしの色の髪をこの宿で見かけた、よってわたしがエアヴァクセンの人間だと……見抜かれて……」


「大馬鹿者が!」


 ミアストは机の上にあった花瓶を握って、モルに投げつけた。


 木で彫った後防水加工を施された木花瓶に頭を強かに打ち付け、おまけに水まで頭からかぶる羽目になったモルだが、その理不尽に対する不平不満はない。


 ただひたすら、上の人間の機嫌を伺う。


「何故私が、SSランクの町長が、こんな安宿に泊まっていると思うのか!? 他の町長と会議堂以外で顔を合わせるのは御免だからだ! どの町の町長も私がこの宿にいることを知らない! 当然グランディールの小僧もだ! なのに、貴様というヤツは……!」


「は……?」


「間抜け面をさらすな! 貴様は引っ掛けられたんだ! 貴様がエアヴァクセンの、私の配下ということを、その場にいた全員に信じさせるために!」


「…………!」


 そうだ。


 自分がこの宿に泊まっていることを知っている人間は、少なくともスピティには誰も居ない。名を変えて上客として扱ってくれる宿を選んだが、やはりそれなりでしかない。そこを選んだのはかつて引っ掛けてやった町が集まっているから、わざわざ隠れるよう選んだというのに……。


「貴様は忠実だが頭が悪い! 悪すぎる!」


 モルは涙を浮かべて床を見ていた。


「エアヴァクセンの評判が落ちているというのに……ここで更にあの小僧に落とされるとは……!」

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