第144話・町長ミアスト

 そもそもエアヴァクセンの人気を下げたのは自分の行動のせいだと、ミアストは分かっていない。理解しようともしていない。


 だからモルに八つ当たりをし、グランディール町長を逆恨みする。


 その度に自分の評判が落ちて行くとも思わずに。


「くそっ! くそくそっ!」


 ミアストは机を拳で叩きつける。


「あの若造には良い手下がいるというのに、私にはろくな手下がいない!」


 展示会を切り盛りしているアイゲン、展示会のスタッフたち、即売会をまとめている男、売り子たち、皆がグランディール町長の下で働く喜びに満ちていた。


 あんな目を向けられるのに相応しいのは私だ。


 なのに、その視線を奪って行ったのだ。あの若造は。……いや、かつて役立たずとして町から追い出したあのガキは!


 他の町で役に立っていると思ったから、わざわざ両親に依頼して戻ってこいと言ってやったのに、両親は姿を消して戸籍からも消えた。それは町長にしかできないこと……。つまり、あのガキは町長なのだ。


 だが、エアヴァクセンの出身ならば、私のものだ。


 あのガキと、ガキの下にいる全てはわたしにあの視線を向けなければならない。


 エアヴァクセンの住民は皆、私を崇め奉らなければならないのだ!


 ……と、ミアストは本気で思っている。


 尊敬されるにはそれなりの理由があるのに、その段階をぶち抜いて尊敬だけされたいのだ。


 町長としての役割を果たしていないのに。


「見ておれ、クレー・マークン。低スキルでありながら私に逆らうクソガキめ」


 ギリギリと歯を鳴らすミアスト。


「貴様の町とやらを、エアヴァクセンの下に置いてき使ってやる……!」



     ◇     ◇     ◇



 一応ミアストとの会談時間は明日午後になっているけど、この分だと来るか来ないか分からないな。


 モルが帰ってきたらきっとミアストは激怒してるだろ。これまでと同じやり口でグランディールを失墜させようという命令を遂行失敗した部下に、ミアストがどう出るか……考えなくても分かる。


 てか、同じやり方が成功すると思っているほうがどうかしてるよなあ。


 ミアストは思い付いた時「相手の評判を落としエアヴァクセンの富が潤う素晴らしい作戦」とかなんとか思ったんだろうが、自分の町の評判が落ちるとは思ってなかったな。


 自分はSSランクの町の長、素晴らしい人間と思って、こんなムカつく計画を立てたんだろう。


 実際には欠片っぽどの資格もないのにな。


 スキルが遺伝しないように、町長の座の引継も血で為されるものじゃない。


 前町長が死去、あるいは追い出されることによって、相応しいスキルと人格を持った新しい町長が選出される。前の町長のやり方を間近で学んでいた子供がその座を継ぐこともある。


 その頃はぼくは幼かったので覚えてないけど、両親が覚えていた。


 両親から、そしてその頃エアヴァクセンにいた元盗賊団から聞いた話だと、ミアストは長い間、表裏からエアヴァクセンを支えてきたスタット家の嫡男で、三十歳の時に祖父から町長の座を譲られたという。前の町長が大した失敗を犯してないのに継承された、しかも息子ではなく孫という、例外ばかりの引き継ぎだった。


 ミアストのスキルは世間に知られていない。町長のスキルを町民が知らないのもこれまた珍しいことだけど、基本的に町長になる人間は必要と思われるスキルを持っているはずなので、エアヴァクセンだったら「鑑定」。……いやそれだったらぼくの正体を見抜けたはず……では「政治」とか「人間を率いる」とかに関係するものだろう。


 とにかく、前町長だった祖父が健在だった頃は、なかなか優秀な男だったらしい。エアヴァクセンの景気も上向きで、いい人材がどんどん集まってきて、SSランクに相応しいと言われていたとか。


 それがおかしくなってきたのは、前町長が亡くなった後、だという。


 少しずつ、少しずつ、エアヴァクセンの評判は落ちて行ったらしい。


 ランクダウンこそしなかったが、町民は少しずつ不信を募らせ、景気も少しずつ落ち込み、「鑑定」関係のスキル持ちが生まれなくなり。


 ミアストはそれに焦るかのように不要と見たスキルの新成人を追放し、「鑑定」関係の人間を呼び込み、有能な人間の取り込みに励んだ。


 でもまあ……上手く行くはずないよね。裏であんなきったないやり口で稼いでりゃあ、周りの町の信用も何もかも逃げてくわ。


 コンコンコン。


 ノックと、面会者を告げるアイゲンの声。


 ぼくは町長の仮面をつけて、「どうぞ」と応えた。


 アパルとサージュも、ぼくの少し後ろという定位置につく。


 ドアが開き、入って来た人を、ぼくは愛想よく立ち上がって出迎えた。



     ◇     ◇     ◇



「くぅ! くぅぅ!」


 ミアストは壁を殴る。


「何故、何故!」


 壁に映し出される画像を見て、ミアストはその壁を殴る。


「こいつが! このガキが!」


 クレーと、エアヴァクセンの近隣で取引もしている町の町長が笑顔で話している。


 配下の一人のスキル「鳥観図」……鳥の目を借りて、その見ている様子を映し出すスキルで、会議堂の傍に居る鳥の目で見た映像が壁に映し出されていた。


 が、やがて消える。


 そもそもスキル自体があまり強力ではないので、目となる鳥を完全に支配できない。望んだ場所に長い間留めておけないし別のものに興味を持ったらすぐ映像が変わるし映像自体長い間映せない。音も聞こえない。


 だが、映像だけでミアストが逆恨みするには十分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る