第101話・母の心配兄の心配
チキンを飲み込んで、ぼくは「アナイナへ」と書かれた封筒から手紙を取り出した。
『アナイナへ。
お兄ちゃんが追放処分された時、絶対あなたは何か仕出かすと思ったけど、まさか町を出て行くとは思いませんでした。
未成年が町を出ることの大変さをあれだけ口酸っぱく教えたのに。
でも、あなたは一年町で待ったとしても、結局はお兄ちゃんを追って出て行ったでしょうから、同じことだろうけど。
何処かの町に受け入れられたそうですね。どこの町かは聞きません。
だけど、お兄ちゃんの迷惑にだけはならないように。お兄ちゃんは生きていくだけで精いっぱいなのに、あなたまで入ったらお兄ちゃんはきっと無茶をするから。だから、あなたは一歩引いて、お兄ちゃんの邪魔にならないようにしなさいね。
そして、幸せに暮らしてください。
お母さんもお父さんも、望むのはあなたたちが幸せに生きることです。
今は生きるのに精いっぱいでしょうけど、いつか、大切な誰かと一緒に幸せに暮らしてください。何かあったら手紙を送ってね。本当に、あなたたちはいい町に救われたのね。
元気で、病気をせずに。
母より。』
う~ん、さすがアナイナとぼくのお母さん。ぼくらのことがよく分かってるなあ。アナイナが放っておいても出て行ったことと、ぼくが結局アナイナを見捨てられないのもお見通し。
「子ども扱いしてるよね」
ちょっと不満そうに、アナイナ。
「実際子供だろ。あと半年ちょっと」
「そーなんだけどさ」
「お前は何がしたいんだ?」
「え?」
「成人になったら何をしたいんだ、って聞いたんだよ」
「成人……大人かあ……」
ちょっと考えて、にっこり笑うアナイナ……。
「お兄ちゃんと一緒にいる!」
「違う」
ため息が出るぼくを、誰も責められないと思う。
「何の仕事をするか、ってこと」
「お兄ちゃんの手伝い」
「無理」
単純に考える妹発言を切って捨てる。
「ええ~?」
「どんなことやってるか知りもしないでぼくの手伝いなんて言わないの。ただでさえぼくが足引っ張ってるようなものなのに、これ以上足手まといは増やせない」
「お兄ちゃんが足手まといー?」
「そう。
「言える」
「お前だけ」
もう一回溜息をついて、チキンをフォークに刺す。
「刻々増えていく書類の山相手に、切れずに黙々と立ち向かう。お前、出来ないだろ」
「え? 書類って増えていくの?」
「増える。一瞬目を離すと一枚の書類が四枚に、四枚の書類が十六枚に、十六枚の書類が……」
「……なんかの怪談?」
「いや厳然たる事実」
アナイナは水を飲みながら目線を上に反らし考え込んでいる。
「……その増えた書類もその日のうちに片付けなきゃいけないの?」
「お前、どうしてぼくが最近家に帰っていないと思ってる」
「……書類退治のため?」
「そう。ファヤンスの人が増えた。学問所を作った。これだけで書類は大山になる!」
「なんで!」
「ファヤンスの移住者のスキルや希望職、年齢を把握しなきゃだし、学問所で何を教えるか、教えるのに必要なものは何か、教える人は誰か、どんなことをするか、それから……」
「もういいもういいもういい」
指折り数えてたら、慌ててアナイナが止めてきた。
「分かった。わたしには無理。お兄ちゃんの手伝いはできない」
「……ん。そういうこと」
フォークに刺さったままのチキンを口の中に入れる。冷めてきてるけど十分美味しい。
「じゃあ、何かお兄ちゃんに役立てる仕事がしたい。お兄ちゃんの傍でお兄ちゃんの手伝いってのは諦めるけど」
「じゃあ、学問所に入って考えてくれ」
「そう言えば建物出来てたよね」
水路広場からさして離れていない広間に、二階建ての大きな建物が建った。それが学問所。
「一応、十五歳未満はそこで勉強しなければならないってことになったから、お前も学問所で勉強」
「勉強ね。学問所の勉強はわたし得意だよ」
「知ってる」
エアヴァクセンで褒められまくってたもんなあ。
「でも、こっちでは出来ることじゃなくて、やりたいことをやってほしい。お前のやりたいことがぼくの手伝いなら、この町の何処でどう働いてもぼくの手助けになるんだ」
「そうなんだ」
「だから、ぼくが願うのは、アナイナがやりたい仕事を見つけてそこで頑張ること」
「お兄ちゃんの見える所がいいのになあ」
「それは難しいと諦めてくれ」
「そっか」
「料理でもやってみるか?」
顔を上げると、厨房からクイネが出てきたところだった。
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