第389話・「猫の町」フェーレース

 ニコニコ笑顔の女の人は、手を伸ばして近付いてきた。


「初めまして、お噂はかねがね。フェーレース町長のモール・カッシですわ」


「グランディール町長、クレー・マークンです」


 笑顔で握手を交わす。


「我が町の猫を癒しの場に置きたいと」


「はい。彼の提案で」


「ででででで」


 なんだ? この場面で変な声入れるなよ。


 振り向くと、サージュがシエルの耳を掴んでいた。


 シエルの手、わきわき。


「……すいません、彼は猫が好きすぎて猫が関わると人が変わ……変わ……」


 特に変わってないような気が……。通常営業のような……。


「……変わると申しますか何と申しますか……」


「ああ大丈夫です。当町は彼のような人たちばかりですから」


「えっ、シエルがたくさんっ」


「町長」


 アパルが小声で叱ってくるけど、出ちゃうよ、出ちゃいますよ。そりゃあ!


「大丈夫です。フェーレースは、わたしを始めとして、猫を愛する者ばかりですから」


 シエルがたくさん。思わず作ってしまった言葉は頭に残ってわんわんと。


「これから猫取引担当長に御引き合わせいたします。その後、わたしはグランディールを見学させていただきますので」


「はい。存分に見ていってください。こちらも存分に猫を見させていただきます」


「あだだだだ」


 またシエルか。飛び出そうとしたな? 飛び出そうとしたんだな? 気付かれてサージュに耳引っ張られたんだな?


 くすくすとモール町長が笑っている。


「そちらの方がご希望なのですね?」


「町で猫の湯を作ると言ったのは彼です」


「最初聞いた時、浴槽に猫をたくさん入れてその中に飛び込んで猫にまみれたいのかと思いましたわ」


 モール町長いらんこと言わんでください。


「それもいい」


 ほら、眼の光が違う。


「いいけど……そこまでまみれさせると下敷きの猫が危ういんで、猫部屋を作って、猫に来てもらってまみれさせていただきたいです」


 お。ちゃんと考えてた。うん、猫踏んじゃったら嫌だもんね。


「家猫だけじゃなくて小さい猫から大きい猫までそりゃあたくさんの猫を猫猫と猫して猫に……」


「はいストップ」


 アパルとサージュが両側からおかしくなりかけたシエルを押さえつける。


「はい。猫を猫猫と猫してください」


 すげぇモール町長。笑顔でシエルと会話してる……というか意思疎通が出来ている! そもそも猫を猫猫として猫するってどういう意味?! ぼくには分からない!


「では、グランディール内はこちらのアパルとファーレがご案内しますので、各湯を存分にお楽しみください」


「こちらこそ。猫のことはこの……コチカが担当しておりますので、何でも聞いてくださいましね」


 もう一度笑顔で握手する。


 グランディールの町民がフェーレースに来るように、フェーレースの住民の中にもグランディールを見たいという人が要る。ので、重要人物が行き来した後は交流タイム。一応門番がボディチェックして中の行動もそれぞれ案内人が見張ることにはなっている。


 ニコニコとモール町長は笑って、アパルとファーレに案内されて上昇門に消える。



 そして、固い顔をした女性が出て来た。


「私がフェーレース猫取引担当長のコチカ・ブラーです。良い取引を」


 固い……って言うか、鉄壁の無表情に警戒心を寄せていると言うか。


 まずい。これはシエルを苦手とする人種だ。ルールで全てを選ぶ、ルール無視のシエルとは正反対の位置に属する女性だ。


(サージュ)


 チラリと後ろを振り返ると、サージュがシエルの肩を掴んだまま頷いてきた。横にいるフレディも笑顔で頷く。


 よし、シエルの暴走は任せたサージュ。猫選択はフレディがいるし。


「では、取引所にご案内いたします。猫希望のグランディール町民の皆様方もどうぞ」


 固い無表情で、コチカ取引担当長はぼくたちを引き連れて歩き出す。


 何か問題にならないといいけど……。



 フェーレースの会議堂隣の建物が、猫取引館だった。


「住民の方々はこちらの取引室で。前以て送られていた希望書類でご希望に副うと思われる猫と他にも気に入られると思う猫を用意してあります」


「ありがとうございます」


 猫飼い希望組がそれぞれ部屋の中に入っていって、ぼくたちは一番大きい部屋へ案内された。


「大型猫から小型猫まで、フェーレースでは幅広く取り揃えております」


 部屋に案内しながら、コチカ担当長は説明する。


「猫について詳しくないので失礼なことでしたら申し訳ありませんが」


 内心恐る恐る尋ねた。


「猫とは愛玩用のものだと思っていたのですが」


「人と共に生活するのは愛玩猫というものですが」


 堅苦しい話し方で説明をしてくれるコチカさん。


「元来狩猟生活を送っていた肉食獣ですので、訓練すれば狩猟用にもなりますし、家の中の不審物を探し当て、家の住人を守る護身猫もおります。何より、穀物や家を食い荒らすネズミ相手には猫以上に役だつ獣はありません」


 確かに。ネズミ捕りとして飼われている猫はたくさんいる。


「しかし、湯に猫を常駐させるとは」


 固い声でコチカさんは言った。


「え? 何か文句あんの?」


 喧嘩売らないでシエル!


「湯に猫を常駐させ、来た人間に触らせようだなんて」


 あ、猫売り的にアウト?


「なんて……なんて……」


 ん?


「なんて素晴らしい考えなのでしょう!」


 ……コチカさんもフェーレースの人間でした。はい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る