第98話・手紙(マークン夫妻視点)

 高空を飛んでいた伝令鳥は、ゆっくりと下降を始めた。


 眼下に見えるは塀の外にまで家があふれた町。数少ないSSランク、エアヴァクセン。


 緋色の鳥はゆっくりとエアヴァクセンの上空に弧を描き、真っ直ぐに降りていく。


 小さな家の窓につかまり、嘴で窓を叩いた。



 イグニス・マークンは、その音で目を覚ました。


「……なんだ……?」


 長男が成人式直後に町を追い出され、長女がその後を追って姿を消してから半年以上。町長ミアストの許可も出ないから娘を探すことも出来ない。


 ずっとエアヴァクセンから出られない。


 恐らくは成人前に姿を消した女など、戻ってきても受け入れはしないだろう。でも、スキルもない子供が町から出て生きていけるとは思えない。スキルに目覚めた長男も、レベル1で上限Maxになってしまい、これ以上の成長を望めず追放になっている。


 もう二人とも生きていないかもしれない。


 今日も、子供たちが何処かの森で倒れている夢を見た。


 起きて横を見て、妻のヴォダがうなされているのを見て、そしてコン、コンと鳴り続けている窓を見る。


 華やかな緋色。


 黒い瞳の鳥が、窓を覗き込んで、嘴でノックしている。


「伝令鳥……?」


 実際に見たことがないが、その外見は噂に聞く伝令鳥でしかない。


 窓を開けると、伝令鳥はふわりと入ってきて、机の上に留まった。


「ヴォダ、ヴォダ」


 妻を揺り起こす。美しい緋色の鳥は、首を前に突き出していた。


「……ん……」


 悪夢から揺り起された妻は、自分より先に伝令鳥を見たらしく、目を丸くして起き上がった。


「伝令鳥……よね」


 イグニスも頷く。


「どう見ても、俺たちに手紙を届けに来たようにしか見えないんだが」


 封入れを突き出している伝令鳥を見て、夫婦は顔を見合わせるけど、結局イグニスはそっと封入れを首から外した。


 筒から封筒を取り出す。


 印は鳥の羽根。恐らくは目の前にいるこの伝令鳥のもの。独特のシャープな風切り羽根。


 開いてみる。


『お父さん、お母さん。


 元気ですか? クレーです。』


「ヴォダ!」


 イグニスは危うく手から滑り落ちかけた手紙を捕まえ直して、ヴォダを呼んだ。


「クレーだ! クレーからだ!」


「ええっ」


 悲鳴を上げかけて口を押えるヴォダに頷きかけて、ベッドに腰かけて一緒に手紙を読む。


『長い間連絡を取れなくてごめんなさい。本当ならアナイナがついてきた時点で何か連絡しなければならなかったのに。


 アナイナも、ぼくも、元気です。


 今は二人で、とある町で暮らしています。


 町の名前とかは書けません。


 でも、安全な場所で合法で平和に暮らしていることは間違いないので、安心してください。


 お父さんもお母さんもアナイナのことが心配でしょう。ぼくもアナイナをエアヴァクセンに帰したいけど、事情があってそれも出来ません。


 だけど、今ぼくたちは幸せに暮らしてます。


 ちゃんとご飯も食べてるし、家もあってお湯にも入れてるし、キレイな服も着れています。ぼくは印も作りました。


 優しい人たちに囲まれて、平和に暮らしています。


 色々あったりもしたけど、ぼくたちは笑って元気で暮らしています。


 お父さんもお母さんも、ぼくたちのことを心配しないでください。


 もし手紙をくれるなら、この手紙を持って行った伝令鳥(エキャルラットと言う名前です)に、返事を持たせてください。もちろん、伝令鳥がぼくからの手紙を運んできたことはナイショにしてくださいね。


 それでは、また手紙を書きます。


 お父さんもお母さんも、お元気で。


 クレー・マークンより』



 読み終わった二人の目から、涙が零れ落ちていた。


「良かった……無事だったんだ……」


「アナイナも……クレーも……」


 伝令鳥を貸してくれるほど親切な町が拾ってくれたのだろう。クレーは優しい子だから、息子と娘が同時に消えて絶望する自分たちの為に何とか連絡しようと色々考えたんだろう。


「……エキャルラット?」


 緋色の鳥は胸を反らすようにして顔を上げた。


「何処から来てくれたか知らないけどありがとうね。お前の飼い主さんにも感謝を」


 ちょっとエキャルラットの目が不満げだったが、それも自分の飼い主のものじゃない手紙を運んでくれたのだから仕方ないと思う。


「もう一仕事頼んでいいかい? お前にこの手紙を託した息子に、手紙を送りたいんだ。運んでほしいんだが」


 エキャルラットは机の上に流れる飾り尾羽を広げて、羽繕いし始めた。


「よし、急いで手紙を書こう。町長ミアストに気付かれないうちに」


「ええ」


 二人は大急ぎで返事を書く。内容は他愛のないものだけど、追放された息子がどんな手段で伝令鳥に手紙を頼めるようになったのかが町長ミアストに知られるといけないから、と当り障りのない内容を書いて、二人揃って印を押し、封をして封入れに入れる。


「頼めるかしら?」


 ヴォダが出した水入れから水を飲んでいたエキャルラットは首を突き出した。


 封入れをしっかり固定して窓を開ける。


 エキャルラットは翼を広げ、高く、高く、空の彼方に消えた。

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