第185話・旅立ち

 アッキピテル町長の言葉にこれまた胸を反らすエキャル。


「他の町と違うって、どう違う?」


「他の町では、大抵鳥飼が伝令鳥もまとめて面倒を見ているからな」


「ああ、そう言えば」


「町長がここまで一人で可愛がってくれて相手してくれて連れ歩いてくれるというのは大陸的に見ても珍しい」


「いや、店で言った通り三日間傍においといただけなんだけどな」


「普通町長は鳥を頭に乗せない」


 アパルの一言。


「いや、頭に乗せた時の方が機嫌よかったから」


「自分の印を彫りに行った時も頭に乗せてたし」


「彫りの師匠が頭に乗っけておくと首が痛むって言ったからその時は机に乗ってた」


「ファヤンスから移住してきた人は、最初の頃、町長のことを「頭に赤い鳥を乗せてる人」と認識してたよ」


 うん。仕事中とかは止まり木に大人しくしてるけど、一緒に出掛けたりするときに頭の上に乗りたがる。ぼくも構わない時は頭に乗っけしたままにしている。


「ああ、本当に可愛がられていたんだな。良かったなエキャルラット。お前は伝令鳥の中でも一番の町に辿り着いた」


 それまでオルニスの周りにいたエキャルが、ぼくの頭の上に乗って羽根を広げた。うん、これならアッキピテル町長じゃなくても分かるぞ。「いいだろう」のポーズだ。


 クスクスとスヴァーラさんが笑って、自分の肩に乗っているオルニスを指先でくすぐり、静かな笑いが部屋に満ちた。


「出発は?」


「早ければ早い程」


「では、道具と鳥の手配をして、明後日の早朝で」



     ◇     ◇     ◇



 スヴァーラさんがスキル運営学を志すために、一番最近まで存在した大国ディーウェスを目指すと聞いたサージュは、うらやましそうな……じゃないな、本当に羨ましいという顔をしていた。


「自分の目で「富める大国」を見て、その滅びの理由を知るか。同じくスキル学を志す者として羨ましい」


「サージュも行く?」


「行って帰ってきたらグランディールが滅んでたらどうする」


 思わず飲みかけたお茶を噴き出すぼく。


「ぼく、そこまで信用がない?」


「信用はしている。信頼はしない」


「どう違うの?」


「信用は過去の結果。信頼は未来に為すこと」


「つまり未来に何をしでかすか分からないと」


「というか、これまで何をしでかすか分からないの繰り返しだったろうが。結果として成功しただけで」


 はいはい、他所よその町長と俳優に拉致監禁されたり、スキルの無駄遣いで気絶して三日間目覚めず一週間以上ベッドにいて起き上がってもまだ完璧に本調子とは言えませんよ。


「そしてはいはいエキャルラット、ぼくが全面的に悪いんだからサージュにくちばし向けないの」


 頭の上でサージュに首を向けていたエキャルが、渋々と言った感じで首を前に戻す。


「腹を立てても言うことは聞くんだな」


「実行に移す前に言えばね」


 感情豊かな伝令鳥の話を聞いていたサージュの一言に、ぼくは答える。そう、タイミングが遅れると、エキャル、確実に行動に移す。


 エキャルはソワソワとしていたけど、気分を落ち着けるようにぼくの頭をつくろい出した。


「それとも、心配なのかな」


「何が?」


「友達が旅に出るのが」


 宣伝鳥とも仲良かったエキャルだけど、遊びに出た先で助けたオルニスをとても気にしていた。回復した時は喜んでたし、飼い主と再会できた時はすっごく喜んでた。仕事とは関係ない友達だったんだなあ。


「エキャル、遊びに行ってもいいよ。いいけど、仕事はちゃんとしてね」


 エキャルが頭の上からぼくを覗き込んで、こりんっと首を傾げた。


「うん、お前が仕事サボるとは思ってないけど、手紙出したいときにお前がいないと困るから」


 くんっと頷くエキャル。


「うん。遊びに行くときは言ってね」


 もう一度頷くエキャル。


「それさえ守ってくれれば、ぼくは何処で何をしてても文句言わないから」


 嬉しそうに頭の上で踊り出すエキャル。


「ぼくの頭はダンスホールじゃないよ?」


「本当に感情豊かだな」


 サージュが呆れたように呟いた。



 次の次の日、スヴァーラさんが出立する日。


 ぼく、サージュ、アパルと、アッキピテル町長、そして、スヴァーラさんのお父さんにオルニスを売った店の当時の店長さんが顔を出した。


「色々大変だっただろうが、お前さんが、今、幸せそうで私は嬉しいよ」


 愛玩鳥を躾けて売る店を経営していたおばあさんは、ちゃんとオルニスのことを覚えていた。


「お前さんが逃げ出そうとしなかったのは、ちゃんと飼い主を好きだからだね。そこまで好きな相手を見つけられただけでもお前さんは幸せだ。買われて行って、逃げ帰ってくる鳥がこれまで何羽いたか」


「その度に先代が警告を出していたものだよ。最近は減ったと思っていたがな」


「では、オルニスは大事にいたします」


 巨大な鳥……人を乗せて飛べる乗用鳥の上の人になったスヴァーラさんは、全員を見渡した。


「彼女を無事に送ってくれ」


「お任せを」


 町長付の鳥操士ちょうそうしが、エアヴァクセンの影響外にある南の地域まで送っていくという。


 そう言うのはやっぱないな、うちには。町ごと動いちゃうからな。


「では、ありがとうございます! お元気で!」


「頑張ってね!」


「幸運を!」


 フォーゲルから飛び立った乗用鳥の姿が見えなくなるまで、ぼくたちは手を振り続けた。

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