第200話・町民

 わっせわっせと働いている町民が、ぼくを見て笑顔で手を振る。ぼくも笑顔で手を振り返す。それだけで町民は仕事に戻っていく。リジェネさんも手伝うために、何度も何度もぼくとザフト町長に頭を下げて行ってしまった。


「きょ、りが、近いのですな」


 ん? と思って、ああ、町民の挨拶かと理解する。


「私は別に敬ってくれとか感謝してくれとか頼んだことはありませんし」


「敬意、を、求めないの、ですかな?」


「それはむしろ私が町民に対して持つものでしょう。こんな怪しい町に、喜んできてくれて、今回のようなことに文句も言わず自分から手を貸してくれる、こんな素晴らしい町民に感謝しなければ」


「すす素晴らしい町で、素晴らしいちょ町民ですな」


「本当に」


 ぼくは笑顔で頷く。


 街中を歩いているのはぼくたち二人だけじゃなく、前に一人、ザフト町長とぼくを囲むように両脇と、背後に二人ずつ、計五名の警備。常時かたかたふるふるしている(演技だけど)ザフト町長が倒れないように守っている、と噂される警戒態勢。警備が近いのは、どちらに倒れてもすぐ支えられる位置をキープしているから。警備が何人ついていてもああ町長の転ばぬ先の杖なんだなと思われ、みんな生暖かい微笑みで見てくれる。


 身を守るにはいい言い訳。ぼくより長い間町長の仮面を使っているんだから、上手いよなあ。


「うわ」


 段差に足を引っかけるザフト町長。すかさず伸びてくる手。元通りの体勢に戻す警護。行き来するグランディール町民の感心したような目。


 う~ん、本当に杖なのかも。


 でも見る人が見れば警護の皆さんの何処かのんびりしたような顔に隠された小さな緊張や、油断ない目配りが分かる。


 それを気付かせないのが、気付いても間違いだったと思わせるのは、ザフト町長の仮面の力。


 ぼくの仮面は強く見せる用だけど、いつか、ザフト町長並みに弱く見せる仮面も必要になるんだろうか。


「これは私のものですから、クレー町長が真似まねる必要はないかと」


 小声でザフト町長が言った。


 ……ぼくの心が読まれているのか、それとも僕の考えていることは顔に出ているのか。


 水路天井で熱波から守られている町の中をそぞろ歩き。空飛ぶ大地から生えている豊富な牧草や畑に呆気にとられ、陶土の採掘所や窯、絵付所に感心している。何より驚いたのはスピティの皆さんと一緒で、湯処の多さ。


 グランディールの奥底に、ぼくが「まちづくり」のスキルで代用した「水を作る」スキルが影響していて、水を作り上げる。そこから町中央の噴水に行きつき、噴き上げて、町全土に行き渡り、地面に戻った水がまた奥底に流れ着いて浄化されて、増え、作られた水と一緒に噴き上げる。ある種の永久機関? 人がスキルで整える限りは永久か。


「本当に、この水路天井の技術を教えていただけるか」


 小声でザフト町長が聞いてくる。


「ええもちろん。先に言った三つのスキルの持ち主さえいれば」


「水を作る、動かす、増やすでしたかな」


「はい。その三人がちゃんとヴァラカイの町民であれば、水路天井は出来ます」


「他所から雇った人間ではならぬのですか」


「なりませんね。グランディール町民でも無理です。この水路天井を作った私を含めた三人で、スピティに作ったのですが、上手く仕上がらなかった上に私も残りの二人も寝込みました。私など十日はベッドの上、その後もしばらく寝込みました」


「なんと」


「今は治りましたが、寝込んでいる間にどうやら一時的に水路天井の調子も悪くなったそうです。スピティの町民のスキルで直した後は全く問題なく動くようになっていたようですが。色々合わせてグランディールのスキル学の関係者が考えた所、その町に合わない力で町に影響を及ぼそうとすると、反発が大きいようなのです。具現化したスキルの方も、スキルを作った人間の方も。ですから、その町の町民。出来れば生まれからヴァラカイの……最低でも一年は町に居住した町民でないとできないんです」


「なるほど……」


 ザフト町長が目を閉じて頷く。


「町に影響を与えるスキルは町民でなければならないのですな……」


「そのようです」


「乾季対策に、その系統のスキルは多く呼び集めております。ただ町民に平等に行き渡らせる方法が見つからなかった。下手をすると溜めていた場所に日光と熱波で水が干上がったこともある。ヴァラカイも被害が出て……。上手く行けば、これから先の干害は限りなく可能性が低くなる……」


 ザフト町長、震えを消したようだ。仮面を外してくれているんだろうか。


 半目を閉じて考え込んでいるようなザフト町長。


 やがて眼を開けて、こっちを見た。


「避難民は何人ほど受け入れる予定で?」


「可能なら全員、欲しいですね」


 町の人数は一気に倍になる。グランディールをぼくがいなくなった後も続けるならば、町生まれ、あるいは町に来たスキル持ちで、町の維持にスキルを使ってもいいと言ってくれる人を大勢増やさなきゃいけない。つまり、人数はいくらでもいい……と言うかたくさん必要なんだよ!

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