第254話・西と東

「クイネ、いる?」


 食堂のドアをノックすると、少しやつれたようなクイネが顔を出した。


「悪いな、今日はやす……町長?」


「休みならちょうどいい。入っていい?」


 クイネの視線が少し彷徨って、ぼくの後ろのアナイナをとらえた。


「アナ……あ、いや……」


「やめてね師匠」


 クイネが敬語になる前に、アナイナが止めた。


「わたしは師匠の一番弟子のアナイナ。少なくともこの店の中ではそうだったはずよ?」


 クイネは困った顔。


 そりゃあそうだよなあ。どれだけアナイナがそう言ったとしても、町の人間全員がアナイナを聖女と認識している。これまで通りに付き合えと言っても無理。町どころか世界にすら影響を与えるかもしれない存在なんだから。


「アナイナ様」


 ぼくの声にアナイナはバッと振り向いた。


 ぼくを見る、怒ったような、泣き出しそうな、その表情。


「これまで通り付き合いたいのであれば、他の者の目が通らないようにすればよろしいのでは」


 ハッと気付いたようにアナイナはぼくを見て、クイネを見て、クイネに「今日休みよね?!」と聞いて、ついこの間覚えたばかりのスキルを多少危ういけど使って、店を精霊神の結界で包み込んだ。


「よし! これで外から誰も見えない聞こえない入ってこない! わたしとお兄ちゃんとクイネだけ! あれ? 何か忘れてる?」


「気付くのが遅いです!」


 プリプリしながら階段を降りて来たヴァリエ。


「全く、いと高き存在になったと言っても、根は変わらないようですね! 偉そうで、町長べったりで、自分の思い通りにならないとすぐ怒る!」


「思い通りにならないと怒るのはお前もだろうが……」


 クイネは呆れた視線をヴァリエに送ると、くるっと振り返った。


「済まなかったな、アナイナ」


 クイネが大股でやってきて、アナイナの髪をくしゃりとやる。


「成人式が終わった後、西から来た連中が詰め掛けてきて、口々に何も知らない聖女様を扱き使ってとか言われてなあ……」


 む。


「そんな! クイネはわたしに料理を教えてくれただけなのに!」


「スキルに目覚める前で海のものとも山のものともつかないお前に生きていく方法の一つを教えただけだと言ったんだが、聖女様はそんなことなさる必要がないとか、もう大騒ぎだよ」


「ソルダートとキーパと私と三人で何とかお帰りいただいたのですが、これだから東の民は、とか、色々仰っていましたね」


「わたし、好きで聖女になったわけじゃないし、料理は好きで習ってたのよ?! 何で何も知らない人にそんなこと言われなきゃいけないのよ!」


 憤慨ふんがいするアナイナ。


「本当に、アナイナは聖女だろうが何だろうが、これこの通り、全然変わっていないのに、西の民は掌返して!」


 大憤慨の言葉のやり取りをするアナイナとヴァリエを見ているぼくの頭には、かつての会話の記憶が蘇っていた。


 西の民をグランディールに入れると決めた時、スピティ上位神殿の大神官、プレーテ・ガイストリヒャーが言ったこと。


 「西の民には、「見下す」傾向がある」。プレーテ大神官は、確かにこう言った。


 なるほど、それがここで出てきたわけか。


 聖女は信仰心篤い西の民のもの、それを働かせていたクイネが許せない、と。


 こういうところで出るかー。


 額を指先でトントンと叩く。


 これは町長としては放置できない。


 同じ町民でありながら、東出身と西出身で差別し、おとしめる。


 これはアウトだろ。アウトでしょう。


 叱らなきゃいけないでしょう。


 でも、どう説教するべきか。


 う~む。


 サージュとアパルに相談してみるか。


 事の次第によっては西の民に教育的指導をしなければならないかも。


 しかし、今はアナイナの傍に居ないと。


「わたし、今から西の人たちを叱ってくる!」


「はい待ちなさい」


 食堂を飛び出そうとしたアナイナの首根っこを掴んで引き戻す。


「何よお兄ちゃん! 邪魔しないで!」


「聖女様に直々に叱られてみろ。西の人たち落ち込むぞ。自分たちの所に来てくれた聖女様は我々をお気に召さないって」


「それがどうだってのよ! わたしの大事な師匠を見下して馬鹿にした! 同じことされたって文句言えないでしょ!」


「だから、それを聖女様がするのがまずいの。聖女は精霊神の恵みを与えるものだから、そんな人に直々に怒られてみろ。落ち込むどころか町を飛び出すぞ」


「飛び出させればいいのよそんな奴!」


「そういう訳にはいかないだろ? グランディールが一度受け入れた民を追い出したなんて醜聞もいいところ。聖女様が信者を追い出したなんて、町の沽券にもかかわるよ?」


 アナイナはむくれている。


「本当に聖女になっても変わらないのですね、アナイナは。町長とグランディールに汚名を着せても構わないと言うのですか?」


「ヴァリエも騎士の名誉のために他の人を馬鹿にしただろ?」


 ぼくのツッコミにヴァリエは一瞬はっとして、それからしょぼんとした。


「町で何とかするから、アナイナは絶対にこの一件で口出しするんじゃないぞ。もし口出ししたら」


「したら?」


「二人の時でも様付け敬語で呼んでやる」


「……口出ししない」

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