第64話・遅れて契約

 ポルティアとナーヤーが、ぐたりと椅子に座り込む。


「……あれ……本当に俺の家なのか……?」


 もう何度目の確認になるだろう。うん、と頷くと、ポルティアが机に突っ伏して頭を抱えた。


「あんな家、ピーラーに見せたら速攻奪われる……」


「大丈夫、そもそもピーラーみたいなヤツは最初っから町に入れないから」


 どうやら家の中の家具を全部「鑑定」してしまったらしく、それが全て最高級と判断され、どうしようもない状態というところ。


 一方小さい頃から憧れの家、と言っていたナーヤーは比較的冷静さを取り戻してるっぽい。


「あの家、住んでいいんですよね?」


「うん。好きに使っていい」


「じゃあ、好きに使わせてもらいます」


 うん、うん、と頷くナーヤー。


 やっぱり何か追い込まれた時強いのは女性の方なんだろうか。それともうちの町の女性陣、アナイナとかヴァリエとか奥さん陣にそういうのが揃っているのか。でもヴァリエはまだ町民じゃないから……でもそろそろ決めないとなあ……てかヴァリエ、家が新しく出来てたのを指摘してなかったなあ……。そういう町、って納得してるのかなあ……。


「で?」


 突っ伏した体勢のまま、視線だけがぼくに向く。


「この町でやらなければならないことは、何だ?」


「絶対やらなきゃいけないのは、家具づくり」


「ああ、町の人間全員で作るのか。しかし俺のスキルは」


「スキル関係ない。……ああでも出来た家具の平均価格を鑑定してくれると嬉しいけど」


「待て、おい待て。俺は職人じゃないぞ」


「うん。ていうか家具職人はこの町一人もいない」


 ポルティアの顔面に疑問がたーくさん浮かんでるよ。


「……ああ、分かりました」


 ナーヤーが手をポン、と打つ。


「私たちの家のように、望んだものが出来る、というわけですか?」


「んなわけあるかっ」


「あります」


 一瞬浮上したポルティア、また撃沈。


「個人の物は個人の望みで出来るけど、町で作る外に売り出す品は町民全員が望まないとちゃんとできないんだ。町の人間全員が「これが必要」って思うこと。それが必須条件。でも、それがあるから、スピティに持ってけるほどの家具が出来る」


「デザイナーは」


 ぼくがシートスを見ると、シートスは少し笑った。


「今は家で大人しくしているわ。水路を作る時には起こしてくれって言ってたけど」


「毎日寝てる?」


「寝溜めするって言ったのを叱りはしたけれど」


「……だね、ほっとくと週単位で徹夜する男だからね……」


「デザイナーはいるのか、やっぱり」


「ていうか、デザイナーがいないと、全員の想像した集合体になると思う」


 で、それはごっちゃごちゃになると思う。


「だから、家具を作る時はみんなで「いい家具になりますように」って念じて、シエルがデザインとかを念じるんだ。そうするとあれができる」


「言っていいか?」


「どうぞ」


「滅茶苦茶だ……」


「うん、反則だとはこっちも思ってる」


 ポルティアはしばらく唸る。


「それだけだったらデザイナーの考えがまとまるなら毎日でも作れるじゃないか!」


「それやると町が大混乱になる」


「それにピーラーみたいなのにたかられるしね」


 アパルの追加の言葉に、ああ、と頷いてポルティアは再度撃沈。


「でも信じられない。念じるだけであんなものが出来るなんて」


「実際、町長のスキルの底が、我々にも未だ見えないんだ。低上限レベル……上限の低いスキルは、一見使い道がなさそうだけど、上限レベルが低くても何でもできる……むしろ上限がないとヤバいスキルということだ。その上限に最初から達してはいるから、まだできることはたくさんあって、それをこっちが気付いてないだけ」


「つまり、クレー町長のスキルは上限に達しているって?」


「ああ。上限レベルは1」


「1?」


「1」


 だからエアヴァクセンから追い出されたんですよ。


「上限1……それがこの町……いや、この町を造った町長の底知れぬ力なのか」


 ポルティアは呻く。


「……あ、町民契約結ぶの忘れてた」


「今ここでそれを思い出すか」


 ヴァダーに突っ込まれた。


「いいじゃないか、家が建ったってことは本人たちが町民になる気あるってことだし。ちょっと契約が後回しになっただけで」


 サージュが黙って契約書を持ってきた。


「名前と印を押して」


「……ああ、こういう所はちゃんとしてるんだな」


 ポルティアは少し落ち着いたように息を吐いて、差し出したペンをインク壺に浸して名前を書き、自分の印を押す。ナーヤーも続いて書いた。


「ヴァリエも」


「え? わたくしも? いいのですか?」


「今のところね。また騎士の何とかとか我が君の何とかとか言い出したら速攻追い出す」


「は、はい……はい!」


 ヴァリエは半泣きで契約書に書き込む。


「良かったねヴァリエ!」


「アナイナのおかげです! アナイナとシートスとフレディががわたくしに町長が望むことと嫌うことを教えてくださったおかげ! 感謝してます!」


 うん、仲がいいのはいいけどなんか心配。


「じゃあ、これで契約完了。あとは水路か」


「水路?」

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