第88話・懐かせる期間

 三日は傍に居てやってください、とパサレは言った。


 伝令鳥や宣伝鳥は、まず自分が帰ってこなければならない場所を覚えなければならない。不特定多数に送る宣伝鳥や町で買う伝令鳥は場所を覚えてそこから行き来するけれど、ぼくのみたいに完全に個人的なやり取りをするなら、自分の飼い主を完璧に覚えてもらわないといけない。何処から何処に送ってもぼくの所に戻ってくるように。


 高価でスキルレベルの高い伝令鳥は、例えば他人に貸しても、飼い主の意を酌んで他人の手紙を知らない人間の所にも届けたりできる。けど、元の住処あるいは飼い主を完全に認めていない鳥は元の住処やに帰ってきてしまったりする。


 エキャルは高価でスキルレベルの高い伝令鳥だけど、それでもぼくの気配を覚えるには三日はかかる、んだそうで。


 基本的に鳥かごの中に入れておくものだけど、鳥かごに入れると文句言って暴れる。言い聞かせると分かってはくれるんだけど、あの黒い目でじっとぼくを見上げてくる。出してくれーって言ってるの分かるんだよ、これが。逃げないからここから出してーって言ってるのが。


 鳥かごに入れておかなくても、ここまで気に入った飼い主の元から逃げ出すことは滅多にないとパサレも言ってたし、ぼくがエキャルの傍に居るよりエキャルがぼくの傍に居るのが色々無理がなくていいかと自由にさせた途端、右肩に飛び乗った。


 鳥だからそんなめちゃくちゃ重いってわけじゃないんだけど、それでも右肩に重みはかかる。


「……肩が重いんで別の場所に行ってもらっていいでしょうか」


 バサバサッと飛んで頭の上。


「何で頭の上がいいの?」


 長い首を下ろして頭のてっぺん辺りに自分の頭を擦り付ける。


「分かった分かった。そこがお前の定位置なんだな?」


 だったら仕方がない、ちょっと間の抜けた姿になるけれど、エキャルを頭に乗せて、毎日恒例の町の巡回に出かける。


 と言っても町のあちこちを散歩がてらほっつき歩くだけなんだけど。


 拉致監禁された直後によく護衛もなくほっつき歩けますね、と元ファヤンス住民に言われたけど、実際の所グランディールより安全な場所はない。


 宙に浮いているグランディールに侵入しようとすれば、まずスキルか騎獣で飛ぶしかない。で、上空から入り込もうとすると、水路が邪魔をする。水路はどうやら雨除け風除け寒さ対策もされているらしく、水路を突き抜けて通ろうとするとびしょぬれで外に弾き出される。これが分かったのは、ファヤンスの住民だった空飛ぶスキル持ちが試したから。中から外へ行こうと浮いて水路の隙間を抜けようとしたら、水が一気に集まって彼を外に向かって弾き飛ばした。戻ろうとしても水圧が弾き飛ばすので、大声で門へ回ってと言って、ソルダートと、元ファヤンスでスキル「衛兵」を持つキーパ・ゲイトの守る門まで行くと、びっしょびしょになった彼がしょんぼりと立っていた。「外がどんな感じか、チラッと見たかっただけなんだけど」としょんぼり濡れ鼠をサージュが叱って湯処に直行させた。


 つまり、あの水路は見た目だけでなく町の防衛にも使えて雨も風もしのげて気温まで調節するという超絶卑怯なものだったわけだ。


 町に閉じ込められているようなもんだとこぼした人もいたんで、試しに願ってみたら水路は消えた。こぼした人は喜んだけど、結構高い所を飛んでいたグランディールはすぐに冷えて、「水路を戻して!」と必死の懇願にすぐに戻った。


 水路の件で町を不法な手段で出ようとした人や水路を不快に思う人、百人以上の人間が一緒に暮らしていればそろそろ不平不満も出て来る頃だから、ぼくが聞いて回らないと。


 エキャルを頭に乗っけで会議堂を出る。


 ぼくはアナイナと一緒の家が固定なんだけど、町長業とかでどうしても会議堂に泊ることが多くなる。会議堂も作り替わってぼくやアパル当たりの常勤組の寝る場所とか、泊りで仕事する人の仮眠室も出来てるんだけど。建築費が丸浮きでありがたいとはサージュの言。


 衣と住は町が勝手に作ってくれる。食だけは人間が準備しないといけないらしくて畑や牧草地は前よりずっと広くなり、農業組や家畜組がきっちり管理している。


 畑にやってきた。


「おはよう」


「おはようございますじゃ町長……伝令鳥ですかえ?」


 雑草を取っていたおばあさんが地面からぼくの顔を見上げてその更に上を見た。


「うん、伝令鳥。今懐かせ期間で傍に居させなきゃいけないけどぼくは出歩くから」


「ははは、それで町長の頭の上でございますか」


「ちょっと首が凝る」


「ちょいとお待ちくださいな」


 おばあさんは葉っぱを一枚とって、掌で汁が出るまで揉むと、立ち上がってぼくの首に塗った。


「何?」


「ヨモギですじゃ。知りませなんだかな?」


「うん、物を知らない町長で悪い」


「そりゃあ、その御年で何でも知ってらっしゃる方が怖い」


 おばあさんは笑った。


「食べるにも薬としても良い葉ですじゃ。神経痛や、足をひねった時にも使えますでな、あとは擦り傷や切り傷にも効きますし、赤ん坊のあせもにも効きますじゃ」


「へえ」


「葉はいくらでも取れますでな、肩や首が凝ったりしたらお使いなさいな」


「うん、なんか効くような気がしてきた」


 青臭い匂いをエキャルが嫌がるかと思ったけど、むしろ興味津々で、頭をしっかり足で掴み、長い首を精いっぱい伸ばして首を覗きに来る。


「エキャル、落ちる、落ちる!」


「伝令鳥はそのような間抜けなことはしませんじゃ」


「そうなの?」


「少なくとも飼い主の頭から落っこちた伝令鳥の話は、このばばは六十年生きて一度も聞いておりませぬ」


「うん……落ちないのは分かったけど……エキャル、お前の足が痛いから……やめて」

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