第435話・愛でたい

 イェルペ副町長との話し合いをアパルとサージュに任せて、ぼくはカノム町長の方を見る。


 所在なげにきょろきょろと視線を動かしているカノム町長の方に近付く。


「カノム町長」


 ぼくはそっと声をかけた。


「グランディールを案内しましょうか?」


 カノム町長は翠の目をきょろきょろと動かして、イェルペ副町長の方に向いた。


 アパルと話していたイェルペ副町長がこっちを見る。


 困ったようにイェルペ副町長にアイコンタクトするカノム町長。


 イェルペ副町長はしばらくぼくを検分するように眺めていたけれど。


「……クレー町長、我が町の町長をよろしくお願いします」


 一礼して、すぐにアパルとサージュの方に向いた。


 うん。これは、あれだ。ぼく、舐められたな。


 まあ無理もない。十六歳のぼくが町長をしているって言うのは前例のないことなのだ。しかも継承したのではなく初代町長では歴史上類を見ない。


 と、言うことは、と、イェルペ副町長は判断したんだろう。


 グランディール町長ぼくは、スキルによって選ばれたお飾り町長であると。


 ならばカノム町長に余計なことを吹き込まれる心配もない、自分は本当に町を動かしているアパルとサージュに取り入ればいい、と。


 チラッとサージュがぼくを見た。カノム町長を見て、そしてもう一度ぼくを。


 カノム町長を探れってんだな? 心得た。スラートキーという町はこの二人の女性によって率いられている。情報はいくらあってもいい。


「では、こちらへどうぞ」


 ぼくは胸に手を当てて、ニコッと微笑んだ。


 カノム町長はちょっと困ったような顔をしたが、イェルペ副町長の表情を見て、ちょっと息を吐いて、ぼくを見る。


「ご案内いただけるでしょうか?」



 さて。


 グランディールは観光にも力は入れているけれど、出島にある白亜の大神殿のイメージが馬鹿でかすぎて。


 もうちょっと気軽にグランディールを楽しむならば、自然、町中百近い湯処になるけれど。


 当然ながら湯までは案内できない。


 美肌の湯とか美の精霊小神を讃える湯とか色々あるが、これは湯に入らなきゃなのでアウトだ。


 ぼくが案内出来て女性受けのする場所となると……なるとぉ……。


「まあ」


 それまで黙っていたカノム町長が声を上げた。


「変わった形の……可愛らしい建物ですのね」


 茶トラの香箱座りしたデカいデカい猫がドーンと鎮座しているようにしか見えない建物……。


 そうです、猫の湯です。


 フェーレースを差し置いてなんであれだけど……。


 女性受けするって小動物や甘い物しか浮かばず、そして甘い物の本舗であるスラートキー町長に出せる甘い物があるはずもない。


 小動物で誤魔化すしかない。


 ウサの湯には本当のウサギはいない。ウサギの彫刻や絵やぬいぐるみがあるだけ。一方猫の湯はシエルこだわりの幸せ猫空間が設置されている。そして、みんな湯に入らないと猫に触れないと思っているけど、実は猫の湯、猫まみれになるためだけに行くこともできるのである。


 それが、胴体部分後足の丸みの隠れになっているドア。


 ここを開けると、猫とのふれあい場に直行できる。


 猫の責任者であるフレディが仕事で出入りする他、発作的に猫にまみれたくなるシエルが飛び込んでくる場所でもあるという。


 ここならぼくも湯を通らず猫の元へ案内できるのだ。


「あら。隠し扉みたい」


「隠し扉です」


 ぼくはにっこり営業スマイルを浮かべて答える。


「本来は湯場を通らなければならないのですが、責任者の通路や、ただ猫に会いに行きたいという人の為にも」


「素晴らしいわ。あたくし、猫、大好きなんですの」


 にっこにこの顔で頷くカノム町長。


「それは良かった。充分に可愛がって行ってください」


 隠し扉のドアノックをコンコンすると、フレディが顔を出した。


「あら町長」


「猫は大丈夫?」


「大丈夫よ。猫は入れ替えているし、今はお客さんもいないし」


 ぼくはカノム町長を前に出した。


「スラートキーのカノム町長」


「あら」


 フレディはにっこり微笑んだ。


「初めまして。猫の湯責任者のフレディ・マネハールです。ようこそ猫の湯へ」


「スラートキー町長のカノム・ドルチャージョイですわ。猫の湯は噂に聞いて、是非一度訪れたいと心躍らせていましたの。今回はご案内いただけたこと、感謝いたします」


 カノム町長もにっこにこ。


「では、こちらへどうぞ」


「ええと、猫の毛などは、大丈夫でしょうか?」


 恐る恐るという顔でカノム町長が聞く。


「あたくし、猫の毛などをつけて歩くわけにはいかなくて……」


「あらあら」


「甘味に携わる者としては、動物の毛などをつけると……」


「大丈夫ですよ」


 大丈夫なの?


 フレディはカノム町長を連れて、着替え処へ向かった。


 待つことしばし。


 猫の湯の猫と戯れ用の湯着。


 そして、ふわふわの金髪をフレディがまとめ上げて、上からネットを被せた。


「これで、最後に湯で身体を流せば、猫の毛なんて大丈夫ですよ」


「まあ! まあ! じゃあ、本当に猫に触れられるのですね?」


 口に両手を当てて感激するカノム町長。


「イェルペに猫の毛なんてつけて帰るわけにはいかないから猫の湯には案内されても行ってはいけないと言われていましたけど、こうして触れて愛でられる機会が来るなんて!」

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