第436話・町長向き不向き
きゃっきゃっと声を上げて猫と触れ合っているカノム町長を何となく眺めながら、ぼくは思考を巡らす。
スラートキーの町長は、お飾りだ。
サージュが集めた知識の中には、カノム町長とイェルペ副町長のスキルもあった。
カノム町長は「甘味創造」、イェルペ副町長は「補佐」。
温和……を通り越して気弱そうで、町長に向いてないんじゃなかろうかなカノム町長が町長になっているのは、イェルペ副町長のスキルが問題なんだろう。
「補佐」とは、人を助けて、その務めを果たさせる人。
つまり、アパルやサージュがその気になればグランディールを乗っ取れるのと違って、イェルペ副町長にどんなに能力があったとしても、別に町長がいないとスキル能力が発揮できないのだ。
確かこの二人、幼馴染だった。カノム町長が一つ上。イェルペ副町長が成人してスキルをゲットしてから二人して町を出て、辿り着いた芸術の町メァーナスでカノム町長が作った甘味を劇場や芸人に広めて、顧客と費用と人手を集め、独立して作った町がスラートキー。
つまり、スラートキーはイェルペ副町長がカノム町長を使って作ったと言っていい。
イェルペ副町長は、その気になればいくらでもスラートキーを操れる。でもそのトップにはなれない。どんな人間であっても、誰かが上にいないとダメなんだ。
エアヴァクセンに生まれればよかったのに。彼女ならきっとミアストもいい操り人形になったんだろうにな。
あいつ、きっと操りやすいと思うんだが。
で、エアヴァクセンの建て直しとかにすっごい辣腕振るって、ミアストは百年以上は名町長として語り継がれただろうに。
本当に世の中、ままならない。
っと、エアヴァクセンのことを考えている暇はなかった。
イェルペ副町長がぼくをお飾りだと思っている間に、カノム町長から話を聞きださないと。
「カノム町長は……」
「はい?」
「一体どうして、町長になったのですか?」
「どうして、と申しますと?」
「どうにも、カノム町長が、町長に向いていないのでは、と思いまして」
カノム町長は回り道な言い方が苦手だろうと思い、はっきりした言葉で切り込む。
「まあ」
猫を撫でていた手を口元に持って行って、カノム町長は目を丸くした。
「どうしてそうお思いになりましたの? よく言われますわ。スラートキーの民にも」
おいおい、町民公認の謎町長かよ!
「でも、あたくしが町長に向いてなくても、他の誰が町長になっても、イェルペがいればスラートキーは成り立ちますわ」
……本人認識済みの謎町長かよ……。
「では、あなたはイェルペ副町長に、町長になれ、と仰られたから」
「ええ、そうですわ」
……警戒心もないらしい。すらっと答える。
「あたくしにできるのは、新しい甘味を創り出すこと。それで町が潤うのであれば、町民にとってはいい町長である、そうでしょう?」
「そうですね」
なるほど、自分がスキルアリのお飾りであるのを知って、認めている。それが町民の為になるのなら、お飾り扱いしても別に怒りゃしない。
「クレー町長が如何です?」
「ぼく、ですか?」
矛先を向けられて、笑顔で警戒態勢に入る。この人、見た目からは想像つかないけど結構分かってやっている節がある。
「アパルさんとサージュさん。グランディールを守る双璧と言われているそうですわね。あのお二方がいれば安泰なのではなくて?」
「確かにそうですね」
ぼくは柔らかい笑みを浮かべて頷く。
「でも、もし彼らがいなくなったら……そう思うと、常に学ばなければならないと思っています」
「まあ」
「それに、アパルやサージュだけではありません。そちらにいるフレディもそうですし、陶器売買、家具売買、神殿管理、畑、牧畜、湯処、学問所……その他たくさんのことをぼくは皆に頼っています。グランディールは特定の誰かが動かしているのではなく、町民全員で一緒に動かしているのです。逆を言えば、誰かがいなくなっても他の誰かが支えられる……そう言う町でないと、ぼくが町長の座を去った後も続く町にはなれません」
「そう言う……ものなのですか」
「ええ。理想は町長がいなくても動く町です」
「町長がいなくても困らない?」
「ええ。いつ何があるか分かりませんから」
「そう言う考え方は初めてお伺い致しましたわ……」
「スラートキーの主収入は甘味でしょう」
ぼくも切り込む。
「つまり、カノム町長の考える甘味がなければ町は成り立たなくなるのでは?」
「そう、ですわね」
カノム町長はんー、と考えるポーズをした。
「そうですわねえ……。イェルペがいなくなったら困る、とは考えましたが……あたくしがいなくなったら困る、とは考えたことがありませんでしたわねえ……」
「何か、町に他に類似のスキルを持つ方は?」
「おりませんの。あちこちに手紙を出してよさそうなスキルの方をイェルペが誘ってはいるのですけれど」
スラートキー、このままだと一代終わりの町になりそうな気配。
「料理のスキルは結構おりますけれども、甘味に限ると少なくなりますの……」
足元にすりついてきた猫の喉を撫でながら、カノム町長は困ったような声で言った。
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