第363話・別の「大陸」
(私……いや、我々の力は非常に限定されている)
単数形を複数形に言い直したのは、対の存在……闇の精霊神も含めて。ということだろう。
「大陸で?」
(いや、世界で、だ)
世界、とな?
(我々が意図的にそうしたのだが)
精霊神はどうやってか、パチン、と指(らしきもの)を弾いた。
途端に、視界が変わる。
ぼくは、光の精霊神と二人で、座った体勢のまま、グランディールの上空に浮かんでいた。
「な?!」
いざとなったら噛みついてやろうかと身構えかけてたぼくに、精霊神はひらりと手を振った。
(心配するな。私も君もグランディールの中から移動してはいない。ただ風景を映しただけだ)
「本当だろうな?」
(君に敵意を向けられたくはない)
金色の炎に微かに薄青い何かが混ざった。
(私は純粋に光でしかない。人間の肉体に宿ることで闇の力も同化し、そして私に強い敵意を持っている今の君は、私の対を除けば、最も私に痛みを与えることのできる存在なのだ。その恐ろしさを既に私は思い知っている)
炎が微かに揺らめいた。人間で言えば身を震わせる、ってところか?
「じゃあ、ぼくをどうしようというんだ?」
(君に危害は加えない。ただ、私は、君も、大陸の人間にも知らせたことがない、真実を、見せたいだけだ)
「真実ぅ?」
声が思いっきり疑問形になってしまったのは仕方ないだろ。精霊神が(多分)真面目な顔をして真実だなんて言い出せば。
(そう、真実だ)
スゥっと景色が下に流れていく。いや、視界が上に上がっているのか?
町はあっという間に視界から消え、高く、高く昇り、やがて海に囲まれた大陸を見下ろす。
東、南、北はややいびつな弧を描き、西には奇妙に長い半島が突き出して小さな小島を持つ、ぼくたちの「世界」。
「世界」の外側には無限に広がる何もない「海」があると言われている。
「こんな風に海と大陸を見るのは初めてだ」
呟いたぼく。
(そう、私はこの海の中に大陸がただ一つあり、命を宿している、と、そう伝えている)
「……そうじゃないってことか……?」
(そうだ)
視界は昇り続け、眼下の大陸は小さくなり、海が……。
海……が……?
何処までも広がる、永遠に等しい海に抱かれた、いくつもの島。……いや?!
「大陸?!」
(そうだ)
他に大陸がある……。
ぼくは、生まれた大陸を唯一の世界と思っていた。
だけど、違った。
無限に広がる海の中に、いくつもの大陸がある!
しかも、ぼくには分かる。
目の前の精霊神じゃない、全く別の存在が、大陸を、命を創り、守っている!
(君は聖地で昔話を聞いただろう)
「……ああ」
光と闇の精霊神が、何もない(イコール海)世界で力をぶつけ合って大陸を創り、命を創り、人間を創ったと。
(正確には、もう一つ昔の話がある)
精霊神は静かに告げた。
(かつて、この何もない海を創って、何かを創り出せる自分の複製を生み出した神……即ち創造神がいた)
いくつもの大陸が小さく命の輝きを放つ光景を見下ろしながら、精霊神は言った。
(私や私の対も創造神によって生み出された神の一柱。創造神はいくつもの神を創って、海に放ち、命を競わせた)
「競わせてどうするんだ?」
(創造神が言うには、最も素晴らしき命を生み出した神とその創造物に、一段上の世界に昇ることを許すと)
「大陸だけじゃなく……まだ世界があるのか?」
(そう。この「海の世界」の上、更に高次の世界へ)
「ってことは、創造神がいるようなもっと上の世界もあるんだな?」
(そうだ。何処まで上の世界があるかは私には分からないが、下の世界もまたあり、そこにいる神と呼ばれる存在が同じように命を競っている)
「要するにぼくたち人間は、お前らの出世レースの為に生まれたっていうのか?」
(身も蓋もない言い方をすれば、そうだ)
うわあ……。
ぼくたちが一生懸命生きて来たのは、親神の出世レースの為?
シャレにならん。
(私と対は次の世界を目指すためより完璧な存在を創ろうとした。そして話し合った。完璧な存在とは何だろうと。対は言った。我々を生み出した創造神こそが我々の目指す命だと。光も闇も生命も一つの塊として成り立っている創造神こそが完璧な存在だと。故に我々は力をぶつけ合うことで物を生み出した。だが、途中で対はそれを不満に思った……ようだ)
突然弱気になった言葉に、ぼくは視線を精霊神に向け直す。
(我と対は等しくそして正反対の存在なので、私が正確に把握できる部分には限界がある。ただ、対は……闇は、このままでは、様々な素質の集合体である創造神を超えることが出来ぬ、と思ったようだ)
「そりゃあ力の差もあるし、そもそも創造神ってのはお前らの上の存在なんだろ? 並大抵の手段で……越えられるわけないじゃないか」
(如何にも。我々より高次の存在と同じものを、対は創れないと判断した。そして、素質の集合体を超えるには別の方向からの挑戦が必要と感じた)
精霊神は、一拍置いて、告げた。
(純粋な存在だ)
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